第3話 いくらなんでも横暴じゃありやせんか?

俺はたまに街に行き、森で狩った魔物の素材を商業ギルドで売る。


(商業ギルドでは、商売の機を見る能力の高いギルドマスターが出てきて俺をお得意様VIPとして扱うようになったのだ。)


それから市場で調味料や日用品の買い出しする。


そして、昼飯を食って帰る。


それが定番の行動、ルーティーンというやつだな。


だが、その日はいつもと少し様子が違った。昼食を食べていると、その店に、とある冒険者のパーティがやってきたのだが…


庶民向けの店なので客に冒険者がいるのは普通であるが、その日現れた冒険者は少し様子が違った。リーダーが貴族であったのだ。


その貴族の男が、不愉快そうな顔で言った。


「おい、ここは人間用の店だろう? なんでケダモノが居る?」




― ― ― ― ― ― ―


実は当時、この国の王族・貴族は獣人に対して極めて差別的な意識を持っており、この街(この国)での獣人の扱いはかなり酷いものだったそうだ。


(この時点の俺はそんな事情は知らなかったのだが。)


なんでも、人間の国と獣人の国の間で戦争があり、人間側が勝ったのだそうだ。そして獣人の国は人間に占領された。


※もともとこの街は獣人の街であり、今住んでいる人間は戦争後に(強制的に)移住させられてきた者達なのだそうだ。


生き残った獣人国の国民は最低の身分に落とされた。重労働を義務付けられ、給料は人間の十分の一、税金は人間の十倍。移動を禁じられ、逃げ出したくとも街から出る事も許されない。


王はなぜか獣人を憎んでおり、占領後、獣人を蔑み差別した。国内の貴族もそれに同調し、今に至るのだ。


とは言え、獣人を酷く扱っているのは貴族だけで、街の平民達は獣人に同情的であった。貴族に睨まれるので大っぴらにはどうこうする事もできなかったのだが。


俺は街に来てから、基本、平民としか会っていなかったので、差別を感じた事はなかったわけである。


たまに街で獣人を見かける事もあったが、俺は自分が獣人であったので珍しくもないと特に注視して見た事もなかったのだ。


余談だが、俺は自身を獣人カテゴリに入れていたのだが、後に知り合った人間の賢者に『ケットシーは獣人ではないだろ?』と指摘された。


そもそも獣人は身体能力に優れるが魔法が不得意な者が多いのだそうだ。


魔法に優れる【妖精猫ケットシー】は別名【賢者猫】とも呼ばれ、どちらかというと妖精族や精霊族に近い種族らしい。


俺にはそういう知識がまるでなかったので、外見から自分を獣人だと思いこんでいたというわけだ。(まぁ人間の賢者も知識として知っているだけで、妖精族や精霊族を見た事はなかったそうなのだが。)


確かに、二足歩行の少し大きな猫という外見の俺に対して、その後に出会った猫系の獣人は全員、猫耳と尻尾があるくらいで、それ以外はもっと人間らしい(毛のない猿族に近い)外見をしていた。


まぁ、俺もその気になれば完全に人間と同じ外見に変化へんげする事もできるがな。


ただ、差別があるとか知らなかったし、外見を偽る必要性を感じておらず、そのまま街に入ってしまったのだ。


街の住人達も鷹揚で、俺の外見が若干獣寄りであっても、そういう獣人も居るのだろうと、あまり深く考えなかったようだ。(実際、獣人の中には外見が獣に近い者もたまに居たらしいので、そういうタイプなのだろうと思われたようだ。)


俺が関わった人間はほとんどが商人だった事も大きい。商魂たくましい彼らは、儲かるならたとえ相手が魔物であっても取引をするのだ。


だが、現れた冒険者の男は、『獣人は下賤な存在である』と教育されて育った、典型的な貴族であった……。






冒険者は平民が圧倒的に多い。だが、中には貴族で冒険者をやっている者も居る。


嫡男でない、家を継ぐ事ができない貴族の子弟の中には、成人後、冒険者の道を選ぶ者も稀に居たのだ。この男もそんな一人であったのだろう…


…まぁ、知らんけどな。


すべて後から知った知識による推測だ。なにせ、その貴族の男はその後すぐ殺してしまったからな。


― ― ― ― ― ― ―






「私は気さく・・・(な貴族)だから、平民と一緒に食事もするが……さすがに下賤な獣人とは生理的に無理だ…」


その貴族の男が仲間(部下?)に向かってブツブツ文句を言っているようだが、直接俺に絡んで来る様子はなかったので、うるせーな、気に入らねーならさっさと他所の店へ行けよ、飯が不味くなる、などと内心では毒づいていたが口には出さず、俺は黙って食事を続けていた。


だが、その男は横暴な事を言い出した。


「おい店主! 今日からこの店は人間専用にする! 人間以外はさっさと追い出せ!」


「……は?」


「聞こえなかったのか? この店は人間専用にして、人間以外の亜人、特に獣人は追い出せと言ったんだ」


「いや、いや、いや。お客さん、申し訳ねぇですが、この店は開店以来、あらゆるお客様を平等に歓迎するという方針でやってきてまして。いきなりそれは…さすがにちょっと受け入れられませんぜ?」


「ほう? このザモッチ・バンリー様の命令が聞けないというのか。バンリー男爵家を敵に回す事になるがいいんだな?」


(……貴族かよ…クソが…)


「なんだその顔は? 平民が貴族に逆らったらどうなるか分かっているのか? 不敬罪で処刑してやってもいいんだぞ?」


「…………ふぅっ」


店主は額に青筋を立てていたが、一度深呼吸してから、低い声で言った。


「…いくらお貴族様でも。いくらなんでも横暴なんじゃありやせんか…?」



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