喫茶サエラのナポリタン

 しとしとと長引いて降る雨が、花びらを模した形の水色の傘にあたる。雨がやむ気配のない正午。地方では警報級の雨が降っているらしく、都内でも未明から雨が続いていた。

 むわっとした外気に押し出され、駒込駅の東口から路地へと入る。私は東京生まれではない。だから上京した時、東京にも住宅街や静かな路地裏が意外にも多くあることに驚いた。駒込も例外ではない。雨が降っているからか人は少なく、青果店の屋根の下に並べられた野菜たちは、雨宿りをする子供のようだった。

 土地勘のある友人についていき、路地をいくつか進む。小さな個人店や家々を通り過ぎ、アスファルトに作られた水たまりを避け、見えてくるのはこじんまりとした看板と扉。

 扉を開けば冷房による冷ややかな空気が身を包み、雨だか汗だかわからない額の水分がすっと引いていくのがわかった。一組程度しか先客はおらず、私たちは窓際のテーブル席に向かい合って腰かけた。

 ランチメニューと通常メニューがあるらしい。ランチメニューはメイン料理とドリンク、小さなおかずがついていて、通常メニューはメイン料理とドリンクが別々。通常メニューの方はピザやトーストなど、軽食の名前が並び、ランチメニューはナポリタンやカレーライスなどが書かれている。

 私は喫茶店に行くと殆ど決まってナポリタンを食べるので、今回も当たり前のようにランチメニューのナポリタンを頼んだ。セットのドリンクはアイスコーヒー。メニュー表に写真は載っていない。どのようなナポリタンが出て来るのだろうか。

 ナポリタンは、喫茶店によって見た目も味も全く違う。皿がアンティーク調でお洒落なこともあるし、あらかじめ粉チーズが降りかかっているものもある。使われている具材も異なり、ベーコンの厚みも違うのだ。だから私はナポリタンを頼むことが好きなのだ。勘違いしてほしくないのは、比較や優劣をつけるためでは決してないことだ。言ってしまえば一般人でも作ることの出来るナポリタンが、一丁前に洒落た喫茶店でメニューとして並び、更には場所によって違いがうまれることの面白さ。この面白さと興味から、私はナポリタンを頼んで食べている。(なんなら自分の書く小説に登場さえさせている)

 キッチンからコーヒー豆を挽く音が聞こえ、間もなくして店内がコーヒーの香りに包まれる。少し香ばしく、けれどどこか酸味のある香りを嗅いでいると、カップに並々と注がれたアイスコーヒーが運ばれてくる。挽きたて、そして淹れたてのコーヒーは少し酸味があるもののまろやかで、お喋りで乾いた喉が喜ぶように潤った。ミルクポーションを入れるとよりまろやかさが増し、尖った苦みが減る。ブラックコーヒーも大好きだが、私の最近の流行はミルクを入れたコーヒーだ。

 しばらく待つと、待ちに待ったナポリタンが運ばれてきた。白い皿にのった橙色のソースが絡んだパスタ。縦に細切りされたピーマンが橙色に染まったパスタに新たな色を挿し、てらてらとした玉ねぎがしんなりと絡みついている。山のように盛り付けられたパスタの上に、厚切りのベーコンが寝そべっている。一緒に運ばれてきた小皿の小さなおかずはズッキーニと玉ねぎが入ったミートソースベースの料理だった。

 粉チーズを雪のように散らす。少し重めの味付けのナポリタンだった。パスタと共に玉ねぎもフォークで掬って口に入れると、加熱した玉ねぎ特有の甘さが、ソースに絡んで口で溶けた。ピーマンは食感が残り、少し苦みを残して味にインパクトをつけている。ピーマンは縦に細切りをすると苦みを抑えつつ食感が残る。このナポリタンのピーマンも、その特徴を余すことなく発揮していた。そして寝そべったベーコンは平たく、しかしそこには厚みがあった。噛み応えがしっかりとある。ベーコンの量は少し少ないが、その一切れずつに厚みと大きさがあることで、”食べている”という感覚と存在感とが生まれ、皿の上で共存している。

 フォークに麺をくるくると絡めて口に含む。たまにミルクを混ぜたアイスコーヒーで流し込む。

 見た目はいつも通りのナポリタンの量に見えるが、食べていると中々にボリューミーなことに気付く。私の胃袋が減量によって縮んだのか、もしくはナポリタンが見た目より量が多いのかは定かではないが、全てを胃袋に収めるのには時間がかかった。そして暫くは身体が何も受け付けないと言うように胃が膨れた。

 店を出ると、雨はあがっていた。満腹感と、その満腹さが引き起こしているのか、少しの眠気が私を襲った。ふあと欠伸をし、水たまりを踏んだ。雨上がりの湿った空気を辿り、電車の音がどこかからともなく聞こえ、私たちは駒込を後にした。

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