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 玄関ロビーにて、テクネの保護観察官である小原オハラさんと立ち会った。これまでのこと、誠心誠意謝罪する。

「……頭を上げてください。とりあえずは無事に終わったことですし、彼女も通常通り仕事に復帰しています。それに、この期間中も彼女から報告を受けていましたが、これまでで一番生き生きとしていることが文面から伝わってきました」

「そうは言っても、彼女を危険なことに巻き込んでしまったことは事実です。事件も完全に終了したわけではない。責任を取らなければ……」

「ならばなおのこと、お願いがあります。彼女の保護司になりませんか?」

「保護司?」

「調査以外、生活の面でも接点を持って、これからも彼女をサポートして欲しいんです。彼女にはあなたが必要で、もしかしたら、その逆も言えるんじゃないですか?」

「それは……」

 ベテランの保護観察官はなんでもお見通しと言わんばかりに微笑んだ。

「お返事は、三階で待ってますよ」

 軽く背中を押される。僕は一歩を踏み出した。


 七階、記録文書係の事務室の扉を開ける。

「おはようございます。ご心配かけて、申し訳ありませんでした!」

 深々と頭を下げる。室内には阿澄アスミさんと蔵内クラウチさん、それに藤桝トウマスもいた。

鉄穴カンナさん、予定より早く退院できたみたいですね。でも、まだ無理はいけませんよ」

 阿澄さんはニッコリと笑いかけてくれる。でも、掲げた拳が怖いです。

「クロウ、お前のせいで雑務が増えすぎだっつーの。IISの解析データ、わざわざ持ってきてやったんだぜ」

 藤枡はプンスカ怒っていた。忘れないうちに、高い酒を買ってやって機嫌を直してもらおう。

「……アナクロ、煙草は?」

 蔵内さんは相変わらず、やる気のなさそうな態度だった。僕はジャケットのポケットからラッキーストライクを一箱取り出し、彼のデスクに置く。

「話があります――」

 僕は、先ほどタクシーであったことを語る。


「……なるほどな。ただの排外主義者や過激派ってわけでもなさそうだな」

「父のレポートには書かれていなかったんですか?」

「あくまで特務機関の存在についてほのめかす未完成の断章フラグメントだ。目的や設立までは言及されていなかったよ」

 僕はカードキーを藤枡に渡す。

「続けざまに悪いが、何か手がかりがないか探してくれないか?」

「……ったく、またそうやって人をこき使いやがって。マジで今度家に押しかけて酔い潰すからな」

「ちょっと待ってください! それならわたしも、お部屋の掃除に伺います。ゴリゴリと奥の奥まで綺麗にします」

 二人は何かを張り合っていた。その間にも、蔵内さんはブツブツと独り言を呟いている。

「……特務機関、クラッカー四〇四号、利市ハヤト利市ハヤトりいちはやとりいちはやとりいちはや――」

 壊れてしまったのか、ポカンと口を開けたまま急に黙る。

「……もしかして、酉井トリイチハヤのことか? おい! 書庫にある保管ナンバー三ケタ台から当時の政治結社、思想犯の類いを探せ。特に【ヒノモト黎明会れいめいかい】っていうグループについてだ!」

「終戦直後の資料ですか? 何を急に……?」

「俺は本庁や国営図書館にも問い合わせる。奴らのはそっちかもしれん!」

 血相を変えて立ち上がる蔵内さんの迫力に圧された。言われるがままに、書庫の一番奥まったスペースをひっくり返し始める――。


 蔵内さんの不安は当たる。該当する資料はアナログでもデジタルでも、

「やられたな。クラッカー四〇四号や透明人間事件、どちらも派手な騒ぎで陽動させといて、裏で着実に情報を消してやがった」

「……どういうことですか?」


「戦時中、加えてそれ以前の資料というのは合衆国指導によってかなりの量が焼却処分された。それでも戦後に、ある思想を受け継いで活動するグループがいたんだ。ヒノモト黎明会れいめいかい、そいつらは国外勢力が政治に干渉するのを排除しようとしてテロ活動を繰り返し、泥臭い抵抗しつつも最後には全員逮捕された。犯行メンバーの一人が、ある人物の影響によって会を結成したと自供する。戦時下、陸軍の情報将校であった酉井チハヤ、特務機関四〇四部隊を率いて、架空の皇帝と最高政治機関【枢密院すうみついん】による国家構想を唱えた人物らしい。終戦後には合衆国から危険人物に指定され、逮捕される前に自決したと。だがその精神は残党勢力に引き継がれていたみたいだ。さらにヒノモト黎明会では、引き取った孤児たちを徹底的な英才教育訓練で鍛えあげる【徒花あだばな塾】とやらを運営していた。今で言うカルト宗教の洗脳じみた手段で、天才に育てた子供たちを支配階級に送り込み政治経済軍事を掌握せしめるとかなんとか。もちろんそんな実績はなく、ただの妄想で済まされた。……さっき、お前がした話と何か繋がらないか?」


 僕はタクシーでの会話を反芻はんすうする。

『すでに【アナザーチルドレン】たちが、国家中枢へと潜伏している――』

「そして透明人間たちは自分たちのルーツを完全に消しきった。こんなこと記憶してるのは、俺と一部の歴史研究家くらいだろう。そうなれば、次はどう出る……?」

 ――もしかして、奴らは本当に、この国をひっくり返すつもりなのか? 思考の果ては最初へと還り、ぐるぐるとループ問答を繰り返す。


「……今はこれ以上考えても仕方ないだろう」

 蔵内さんはどっかりと椅子にもたれ掛かった。思案に余る僕たちも一息つく。

「そうだ、佐理伴サリバン次長からまた特命を受けた。とある新興宗教団体が、死者蘇生を口車に信者を急増させて金を巻き上げてるそうだ。その収益がまた別の組織に流れているみたいで、内容によっては公安が団体規制を発動させる」

「ウチの部署で対処ですか? しかも死者蘇生って……」

「ふざけてると思うか?」

 蔵内さんは視線を藤桝に向けた。

「IISがここ最近変なエラーを吐き出すんだよ。死亡届を受理したはずの人間が街を歩いているって。行方不明だったとかじゃなく、ちゃんと医師が検死したのにだ。ちょっとした亡霊騒ぎになってる」

 あり得ないことは起こり得ない、これにもきっとカラクリがあるはずだ。例えば……、ハログラム?

「――と、言うわけで専門家の意見を伺いたい。お前はまた魔女のお遣いだ。殺されないよう死んで来い」

 蔵内さんは新品の煙草を一本取り出し、指で遊んでいた。僕はやっぱり、蔵内さんのことが好きになれそうにない。

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