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 言い切ると、狩井カリイは高笑いを始めた。ボリュームが上がっていく。無機質なコンクリートの閉鎖空間で、その声は悪魔のように歪んで聞こえる。

「――与太話にしては笑えた! 腐っても公安調査官だな、持ち寄った情報は正確だろう。だが、繋げ方が雑すぎる。特に特務機関のメンバーで殺し合う計画ってのは、全部妄想でしかない」

「そうでもないさ。確かに、実行犯への命令書は限定的な指示しか明記されていなかったかもしれない。だけど、利市リイチ先輩が僕に預けてくれたこの古書には、計画の全容が記されていた。これだけは、実行犯への命令書ではなく、だったんだ」

 僕は、H・G・ウェウルズの透明人間を掲げる。そこで高揚していた狩井の顔が反転、青ざめた。

「ハードカバーに内蔵された薄いファイフラによるハログラム偽装を解除しない限り、本の見た目は崩れない。僕はズルして強制解除しちゃったが、本来であれば静脈認証が解除キーの役割をする仕組みになっているらしい。プロテクトを解析すれば。一人は該当者ナシだったが、もう一人は狩井ユキツグ、――あんただったよ」

「……その本だけは、絶対に誰にも渡るはずがない! どうしてそれを?」

「僕も入手経路は知らないが、利市先輩が僕に託した重大な情報、動かぬ証拠だ。――これで、あんたを追い詰めた! ……調査報告を終了する」

 狩井の顔が苦悶そうに引きる。それをぶん殴ってやりたい衝動を、ギリギリのところで我慢した。

「ふっ、……追い詰めただと? 確かに、見事にを暴いたことは認めよう。だが状況は何も変わっちゃいない。そんな古書もすぐに放棄できる。事実は地上に出ることなく、君たちは犯人一味として処分されるだけだ。無駄な抵抗は止めるんだな」

 黒服の男たちが構える銃口は微動だにせず、僕たちへ照準固定されたままだった。僕たち四人に対して相手は狩井含めて九人。阿澄アスミさんが三人分の戦闘力があったとしても、僕が確実に足を引っ張る自信があるのでプラマイゼロである。やはり勝ち目はないか。――。


「じゃあ先生、よろしくお願いします」

 僕は目を閉じた。ハログラムを無闇に破壊しないよう喋ることに集中していたが、やはり意識しないを意識するってのは精神的に難題だ。

「――よっしゃ! ミラクル&バイオレンスで世界を救うよ!」

 テクネの号令とフィンガースナップと共に、僕の背後にあった巨大な柱が

 バックアップなしのファイフラ単機のみで、ここまでスケールのでかいハログラムを顕現させていたのは魔女の仕業に他ならない。敵さんが言葉は通じないとは言え、情景の極端な変化には目を奪われるだろう。

 ――さあ、隙が出来ましたよ。

 地下貯水槽の壁や柱に貼った擬態化ハログラムが次々に解除されていく。

 そこに現れたのは、黒い戦闘用タクティカルスーツに全身を包んだ特殊部隊隊員たち総勢十二名。フルフェイスの防護ヘルメットで顔が見えない分、威圧感が増していた。装備しているのはナックルスコーカーより大型で連射と狙撃性能を強化したナックルウーファー。

 僕が時間を稼いでいる間に、索敵と戦略陣形を巧妙に思案して行動を開始する。

 敵が気付いて発砲する直前に、彼らは抜群の精度による共振音波射撃によって目標をノックアウトしていった。数発の銃声が轟くも誰かに命中することなく、一分もかからずに制圧を終了させる。


 これがプロの仕事だ。作業のように攻撃が終われば、次の手順として倒れた傭兵たちに拘束具をかけていく。機械のように、徹底的に訓練された流れだった。

「馬鹿な……! こんな状況で透明人間など不可能。それにどこの部隊だ? 軍も警察も許可あるまで出動要請に応じないよう根回しをしたはず……」

 狩井は思った通り困惑した様子だ。僕だって、まさかここまで用意できるとは思っていなかった。

「対象が動かないのであれば、透明人間みたいな大掛かりな擬態化ハログラムのユニットを用意する必要はないよ。静物の色彩パターンをコピーしたテクスチャを貼り付けておいただけ。超初歩技術だね。むしろ必要なのは、一切身体を動かさないかくれんぼスキルのほうだね」

 僕の左隣で、テクネは偉そうに胸を張っていた。

 ――そして、僕の右隣に立つ人物が口を開く。狩井以上に、としてのオーラを放っている。別格の存在だ。

「彼らは軍でも警察でもない。司法省検察庁特捜部強制捜査妨害工作排除係。通称、法の番犬部隊。他の特殊部隊同等の実力を持ちながら、法令という飼い主の効力でのみ出動の可否を判断する、完全独立の執行部門。貴様に見せるのは初めてかもしれないな。直接話したいと思っていたぞ、狩井ユキツグ――」


「まさか……! 佐理伴サリバンシイカ次長だと……?」

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