十章:反撃

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 この地下貯水槽に着いて、どれくらい時間が経過したのか――。

 今日一日派手に動き回ったせいで、機械式の腕時計は物理的に故障していた。携帯電話も、この地下ではワイヤレス給電の恩恵を受けられないため、とっとくにバッテリー切れである。

 パウリ効果のためにあらゆる機械に嫌われてきたが、ここまでテクノロジーから見離されると流石に不便だ。いかにいつも、当たり前のようにテクノロジーによって自分たちの生活が支えられてきたか、こんなことにならないと気づかないもんだな。

 ――これから、うまくやれるだろうか?

 僕はただ一人、巨大な柱に背を預けていた。自信半分、不安半分。失敗は許されない。ゆっくり深呼吸して脈拍を落ち着けさせる。

 ……気を引き締めろ! 右手で頬を軽く叩く。


 ――こちらに向かってくる気配を感じる。

 だんだんと聞こえてくるのは、コンクリートに反響する足音。どうやら待ち人が来たようだ。

「……IISの目が届かない地下空間に逃げ込んだのは良い判断だが、私が暗黒街のネズミたちに餌を撒いていたことは知らなかったようだな。全部筒抜けだ」

狩井カリイユキツグ、やはり自ら来たか」

 狩井は藤枡トウマスを前にしながら、この場所にやって来た。両手を頭の後ろに組まされているとうことは、背後に銃を突き付けられているのか。

「この都市構造にに詳しい案内人がいて助かったよ。犯人の逃亡補助についてはチャラにしてやってもいい」

「――チッ! クロウ、すまない」

「大丈夫だ。どうせ逃げ続けることはできない。だったら全てをハッキリさせたかった。こんな秘密の場所なら、あんたも喋りやすいだろう」

 むしろ藤桝は全体の準備が整うまで狩井の注意を引いてくれていた。大変助かっている。

「なるほど、私は誘い込まれたみたいだ。だが罠にしては不完全だな。他の連中はどうした?」

「これは僕とあんたの問題だ。これ以上関係ない人間は巻き込むな」

「おおっと、君はすでに多くの過ちを犯している。何をしようと、時間の無駄だよ」

 狩井は藤枡を手で押し出した。前のめりになる彼女を僕は受け止める。

 やはり、あいつの手には黒光りする銃が握られていた。弾丸が込められた本物の脅し道具。

「いいのか? 人質がいないと怖くて何もできないんだろ?」

「たわけ。この状況でお前たちに勝算はない。電波が届かない空間だ。バックアップなしではお得意の大胆な奇術ハログラムも使えない――」

「動くな」

 柱の陰から、二人が飛び出す。狩井の両脇に、ナックルスコーカーを構えた蔵内クラウチさんと阿澄アスミさんが立つ。この地下空間の闇マーケットでは、こういう装備の調達が地上よりも容易だった。

「透明人間の手駒が使えないのは、お前も一緒だろ?」

徒手格闘ステゴロでのリベンジ、受け付けますよ」

 狩井は面白くなさそうに、目線だけ動かして二人を見る。

「言っただろう、時間の無駄だと」

 鋭い殺気を全周囲から感じた。この地下空間への出入口は八か所。万が一追い詰められた状況になっても、どこからか脱出できる算段だった。

 しかし、いつの間にかその全てに、黒服の男たちが立っていた。狩井の雇った傭兵。手にはもっと物騒なアサルトライフルが重々しくたずさえられている。

「こいつらにはかなり特殊な地域言語しか通用しない。もし奇跡的に武力突破できたにしても、外では警察の包囲網が完成している。ここで私を拘束しようと殺そうと、君たちに未来はない。全ては筋書きシナリオ通りに進行する」

「……そうかもしれない。それでもいい。僕はあんたに借りを返すだけだ」

「何を企んでる?」

「言われた通りのことをしてやります。これから、透明人間事件の調査報告を開始する」

 僕はそれまで固く結んでいたネクタイを、グイッと緩めた。皆が死に物狂いで集めた情報を、無駄にはしない――。

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