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「別件?」
「なあ、俺たち公安情報庁は調査を目的としている。逆に、都合の悪い情報を消したり書き換えたりするような組織もまた存在するかもしれない。いわゆる情報工作部隊ってやつだな」
「暗殺も請け負っていたという噂の、戦時中にあったかもしれない軍の【特務機関】みたいなものですか? だけど戦後の合衆国指導によって完全に解体されたらしいって」
「そりゃ表向きはそう言うしかないだろ。……誰だって不都合な真実を闇に葬りたいときがある。自分たちで細々とやっていく場合も多いが、素人仕事はすぐに露見してしまう。そこでとある『誰かさん』がプロを揃えて、まさに特務機関ばりのことをし始めた。反対に考えれば、その組織は様々な情報的弱みを握ることにより、あらゆるコントロールを可能としていた。政治経済、様々な分野で『誰かさん』の影響力が増したことだろう。国外との
「……少し
「ところがだ、お前の父親であるハチさんはそのネタを追いかけていくつかの物証を掘り当てた。
――僕は言葉を失った。
「『誰かさん』という、核心に迫りすぎたのかもしれない。彼のまとめていた
やはり、父は単なる医療事故に巻き込まれたのではなかった。特務機関という存在と、透明人間事件が繋がるのか?
「調査は停滞していた。ある意味、アナクロが入庁しても平和に過ごせていたのはラッキーだったのかもしれない。それはそれでいいとも思った。――だが、ここ最近の透明人間事件と、そのことでお前と嬢ちゃんに接触してきた
蔵内さんはただフラフラと職務放棄していたわけではなかったのだ。内心、疑っていたことを謝る。
「で、後はエレベーターホールで話した通りだ。あいつは軍で開発したステルス技術を盗用していたのは間違いない。それをまとめてアナクロと嬢ちゃんに罪を被せようと、調査依頼のフリをして凶器を持たせようとしていたわけだ。警察とのパイプもあるからリークした情報で簡単に逮捕までできる」
「……お見事です。でも、そこまでわかっていたなら早めに手を打てたんじゃないですか?」
「確実な尻尾を見せるまでは対応が難しかった。それに、実は半分くらいは嬢ちゃんの推理だよ。彼女からの相談がなければここまで発覚しなかった」
「相談?」
ここでテクネが口を開いた。
「訪問者の身辺情報くらい事前に洗う。キミ自身は普通だったけど、その周りに妙な気配がしたよ。キミはボクが狙われていると思っていたようだけど、透明人間の本命はキミだ。怪しい人物がキミを張っていたのは間違いない。ただボクはあくまでもエンジニアだからね、できることは限られる。そこで共同で動けないか、おじちゃんとヒナちゃんとレオたんに話を持ってったワケ」
それでこのメンバーが脱走に協力してくれていたのか。
僕はテクネを守る気でいたが、守られていたのはこちらのほうだった。面目ない。
「しかし俺以外の三人はちょっとやり過ぎじないか? 監視・監禁・ストーカーって、どうにも公私混同な気がして、しかもこの騒動以前から深入りしてるみたいな――アイテテテテ……!」
「とにかく! わたしが鉄穴さんを尾行していたおかげで透明人間による
阿澄さんは僕の盾となるよう尽力してくれた。これにはいくら感謝しても足りない。
「そうだ、頼まれていた首堂商會、ざっくり調べたけど不審な動きがあった」
「まず透明人間の犯行時に、現場周辺を巡回してる共通のトラックが見つかった。
確かに、僕らが透明人間実証で使ったトラックと同じくらいのサイズのものだ。ワークステーション一台くらい余裕で積載できるだろう。
首堂商會で古本を使い実行犯に指示を、そしてハログラムフィルターをばら撒くトラックを配備する。そんな実行計画が目に浮かぶ。
「
僕は明石の住むアパートで見たものを告げた。
「それ、回収したか?」
蔵内さんの問いに、僕は首を横に振る。そのときは明石を追いかけることで頭がいっぱいだった。
「惜しいな。狩井を突き出すにはもう少し物証を固めたい。それも今頃消されているだろう」
そうだ、透明人間たちは古書を残すことをしなかった。証拠が何も残されていない。
『――大事なモンは、お前に託してある』
不意に
大事なもの? 受け取った物と言えば、彼の部屋のカードキーと、――この古書だ!
運良くジャケットのポケットに入れたままにしてあった。
僕は本を取り出し背表紙を破ると、これも同様に使い捨ての薄いシート状のファイフラが出てきた。集中すれば簡単にクラッシュする。するとページの中にある文字がいくつか消えて、また不規則な文字の羅列になる。今回はさらに情報量が多い。
「先生、全ページをスキャンして一覧にできる?」
「おちゃのこさいさい!」
テクネがさっと手をかざすと、何百枚もあるハログラム画像が方眼上に空中へ並べられた。
「こりゃ難解だね。ボクの解析プログラム使う?」
「――いや、謎は解けた」
ここまで集まった情報を集約し、この透明人間たちによる『計画の全容』が掴めてきた。後は、どうやって僕の冤罪を証明するかだ。
「蔵内さん、阿澄さん、藤桝、――先生。こんなことになっといてアレだけど、僕に賭けてくれませんか?」
「どう反撃する気だ?」
「僕は調査官です。やるべきことは一つ、情報を聞き出します」
「誰に?」
「狩井ユキツグ、本人に――」
僕はざっくりと、これからすべきことを提案する。皆驚きつつも、納得してくれた。僕なりの戦い方だった。
「……わかったよ。じゃあ俺は連絡ついでに、少し首堂商會について当たってみる。マネーロンダリングの線もあるなら他の捜査機関にも情報があるだろう。アナクロ、煙草の約束忘れるなよ」
「あたしも、そろそろ管制センターに戻らないと怪しまれる。この古書の解析も時間かかりそうだし。クロウ、酒奢るの、絶対だからね」
蔵内さんと藤桝は、詰めの情報収集のために、また地上へと戻って行った。
「わたし、ちょっと地下の人に食糧ないか聞いてきますね。もうずっとご飯食べてないでしょう」
そういえば、今日一日動きっぱなしで飲食する余裕などなかった。少し気が緩むと、急に空腹感が襲ってくる。身体は正直だ。
「鉄穴さん。飯奢るのはいいんで、私と二人で無人島に行って、サバイバル料理食べてくださいね!」
駆けていく阿澄さん、その背中に三つ編みが揺れる。
随分と多くの人に貸しを作ってしまったな。ちゃんと、生きて返していかなければ――。
「そういえば先生とは、何を約束したっけ?」
隣に座るテクネに話しかける。
「……ボクから離れるなって、言っただろう!」
彼女が殴りかかってきた。握った拳で僕の胸をポカポカと叩いてくる。
「いっつも、勝手なんだよ。人の気持ちくらい、考えたらどうだ?」
人をオモチャ扱いするあなたが言いますか。……それより、なんだか調子が変だな。
「……なあ、先生さんよ。こんなときになんだが、記憶喪失って嘘だよな?」
テクネの動きがピタリと止まる。
ゆっくりと顔を上げると、唇を噛みしめて目には大粒の涙を溜めていた。それが零れて、頬に一筋の光ができる。
「……五年前の火災について、話したいことがある」
手の甲で涙を拭う。
これまでずっと隠されてきた、彼女の独白が始まる――。
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