しづごころなく――花の掌編

菊池浅枝

第1話 ミモザ(浚う)



 ミモザの揺れる視界に紗奈が立っていた。抜けるような青空、蜂の羽音。丘を縫うように巡る小路には、農具が準備された畑と民家が、いくつも並んでいる。

 ひらりと落ちる、黄色いミモザの花。

「奈江、見てよ」

 紗奈が私を振り返った。私と、黒子ほくろの位置だけが違うはずのかお。学生時代につくったにきびの痕は、いまはもうあんまり分からない。

「きれいなの落ちてた。押し花にできる?」

 紗奈が私に掌を向ける。丁寧に指先が揃えられたそこには、小さなポンポン玉がナズナのように並んで咲いたミモザが載っていた。

 私が、それしかしなくなって以来、紗奈は週に一回、必ず私を誘って一緒に材料探しをする。家族ともろくに会話をしようとせず、花材を探す以外は部屋に籠って、花を押し固めてばかりいる双子の姉と。

 世間は生きにくくて、本当は、紗奈だって嫌なこといっぱいあるのだろうに。

「奈江、個展開こう。市役所のギャラリー借りてさ。私、いっぱいお花飾るよ。店長も手伝ってくれるって」

「紗奈、」

 私は、紗奈をよく見れない。ミモザが邪魔をしている。あの、醒めるような明るい黄色に引っ張られて、視線が右往左往してしまう。いつから、こんな。


「――紗奈が、ミモザに見える」


 私が、そう泣きそうな声で言うと、けれど紗奈は、笑った――ような口許が、一瞬視界に映る。

「ほんと? じゃあ、奈江は私を、ちゃんと持っててね」

 そう言って、紗奈は私の手に、ミモザの花を載せた。

 ――私は多分、この花を、一生持っているだろう。

 いつか、紗奈が私の傍からいなくなる日が来ても。私と黒子の位置が違う、右横にニキビ痕のある口で微笑むその貌が、このさき記憶とどんどん、変わっていっても。

「また、一緒に花を探しに来ようね」

「うん」

 一瞬、確かに見えたはずの紗奈のかおを。

 再びミモザにさらわれながら、けれど手の上のそれを、風に飛ばされないように、私はそっと両手の指を丸めて、頷いた。


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