第4話 私の知らない私

 次の日からバイトを始めた。

 店長やバイトの先輩は優しくて、

 特に問題なく、馴染むことができた。


 バイトが上手くいっているのは、姉のおかげ。

 姉が好かれていたから、私にも優しくしてくれる。

 姉がいなかったら、私なんか……

 


 あっという間に1か月が過ぎた。

 今日は、バイト先で私の歓迎会を開いてくれることになった。

 最初は断ろうと思ったが、私が知った時点ですでに、

 歓迎会のお店や参加者が決まっていたため、

 断れなかった。

 

 乾杯のあいさつが終わり、私はテーブルの隅で

 枝豆とフライドポテトを食べながら時間を潰していると、

 隣の席になったバイトの先輩が声をかけてきた。


「結花ちゃん、ちょっといいかな?」


「はい」

 

 先輩は、すでに酔っているようで、頬がほんのり赤く、

 服がはだけて、大人の女性といった感じだ。 


「結花ちゃんは、彼氏はいるのかな~」


 先輩は、距離を詰め、私の顔をのぞき込むように

 話しかけてきた。

 

「いないですよ」


「ホントに~こんなにかわいくて、仕事ができて、

 良い子で、礼儀もちゃんとしてて」


「買いかぶりすぎですよ。私なんて姉に比べたら、

 全然大したことないですし」


「姉って、高階ちゃんのこと?」


「はい。姉は完ぺきなんです」


「……完ぺきかなぁ。

 私が知ってる高階ちゃんのイメージとは違うけど」


「先輩が思う姉のイメージは、どんな感じですか?」


「高階ちゃんも、すごく良い子だよ。その上でなんだけど、

 結構子どもっぽいところがあるし、不器用だしね。

 その分努力するから、応援したくなっちゃうんだけどね」


「不器用ですか……」


 そういえば、柏木先輩も姉は不器用だって言ってたな。

 

「結花ちゃんの方が仕事覚えるの早いし、大人っぽいよね」


「……私は姉の劣化版で」


「劣化版って何それ。誰かに言われたの?

 言った奴、私がぶっ飛ばしてあげる。

 シュ、シュ、シュ」


 先輩は、ボクシングのまねごとを始めた。

 グラスに当たりそうなので、

 当たらないように移動させた。


「それだよ~」


「な、なんですか」


「結花ちゃんて、さりげなく気遣いができるんだよね」


「いや……危ないから移動させただけで、

 こんなの誰でも」


「当たり前じゃないよ。

 それは結花ちゃんの良いところなんだよ」

 

「私に良いところなんか……」


 私がうつむきながら話していると、

 先輩が急に、私を抱きしめてきた。


「結花ちゃんは考えすぎ。

 私が癒してあげる」


「えっ、いや、あっ、ちょっと」


 私が恥ずかしがっていると、

 他の先輩たちが集まってきた。


「ちょっとズルいぞ~

 結花ちゃんは、1人が良いのかなって思って、

 話しかけるの我慢してたのに」

 

「結花ちゃんって、そんな顔もするんだ。

 かわいい~」


「私も結花ちゃんを癒したいよ~」


「はいはーい、皆さん順番は守りましょうね~」


 ちょっと、どういう状況なの⁉

 みんな、私を抱きしめるために並んでるの。


「ちょ、ちょ、待って、お、落ち着いて」


 私の言葉は誰にも届かなかった。

 先輩たちは、色っぽく、イヤらしい顔で私を見ている。

 

「店長はダメですからね~」


「分かってますよ」


 酔っぱらった先輩たちに抱きしめられながら、

 歓迎会は終わった。


 

 歓迎会後、店長が車で送ってくれることになった。


 店長とは、初日に説明を受けた後は、挨拶ぐらいで、

 話すことはあまりなかった。

 

「大丈夫ですよ」

 

「?」

 

「歓迎会の事はお母さんに連絡してますし、

 今日私は、お酒は飲んでないです」


「はい……」


 店長と何を話したらいいんだろう。

 先輩は大人ぽいって言ってたけど、

 そんなことはない。

 こういう時に何を話せばいいか思いつかない。

 本当に大人なら上手く対応できると思う。


「先程は、大変でしたね」


「はい。どうすればいいか分からなくて」


「それが良かったんじゃないですか。

 皆さん、結花さんの子どもっぽいところが見れて、

 嬉しそうでしたよ」


「子どもっぽいというか、

 恥ずかしかっただけなんですが」


「嫌でしたか?」


「嫌ということは……」


 勘違いかもしれないけど、

 結花って呼んでくれて、私として見てくれてる気がして、

 嫌じゃなかった。


「結花さんがバイトで来てくれて、

 みんな助かってます」


「そんなことはないです」


 勘違いなんてしない。

 私は姉の代わり。

 私は……


「なんでそんなに自信がないんですか?」


「……自信がないとかじゃないんです。

 ただ能力がないだけなんです」


「それは間違ってますね」


「えっ」


「……他の人には内緒にしてほしいんですが、

 私はスタッフの能力を数値化してるんです」


「数値化?」


「はい。総合力で言えば、結花さんは、

 スタッフの中で一番高いです。

 もちろん、お姉さんよりも」


「その数値、間違ってますよ。

 姉より私が高いなんて、ありえないです」


「自分で言うのもなんですが、

 私は人を見る目だけはあると思ってるんです」

 

「……その数値が、仮に合ってたとしても、

 数値だけが、すべてではないと思います」


「はい。私もそう思います」


「?」


「なんでもできる人もいれば、1点に特化している人、

 能力は低くても、職場を良い雰囲気にしてくれる人、

 いろんな人がいて、適材適所で働いてくれたらって、

 思ってます」


「そうですよ。数値なんて意味はないんです。

 私は姉がいなかったら、ここで働くことは

 できなかったんです」


「それは、半分は合ってて、半分は間違いですね。

 雇おうと考えたのは、お姉さんがきっかけですが、

 妹だからという理由で雇ったわけではないですよ」


「どういう意味ですか?」


「お姉さんの良いところは、優しくて、誠実で、

 努力ができるところだと思っています。

 そのお姉さんから、妹は優秀だって聴いてたので、

 間違いないのかなと思いました」


「身内の評価なんて、あてにならないですよ。

 良いように言うかもしれないですし」


「確かにそうですね。でも、結花さんが優秀だってことは

 すぐに分かりましたよ。

 ちゃんと分かって、契約しましたから」


「まだ働いてもなかったのに、

 私がどんな人かなんて分かるわけないです」


「最初、電話してきてくれた時に、普通に電話対応できて、敬語も使えて、

 仕事を説明した時には、しっかりメモを取られてましたし、高校一年生で、

 これだけちゃんとした人って、なかなかいないですよ」


「高一じゃなかったら、私なんて……」


「……やめましょうか、この話。

 ずっと同じことの繰り返しみたいなんで」


「繰り返し?」


「結花さんは、一度お姉さんとしっかり話した方が

 良いような気がします」


「それって、どういう」

 

「あと、もう一つ伝えることがあるんです」


「何ですか?」

 

「とっくに結花さんのアパートに着いてるんです」


「えっ⁉」


「アパートの周りをぐるぐる回ってたんです。

 結花さん、いつ気づくかなと思って」


「は、早く言ってください!」


 私は素早く車を降りた。


「今日は送って頂き、ありがとうございました。

 今日話したことは、全部忘れて下さい。

 そ、それでは、失礼します」


 店長は軽く会釈をして、帰って行った。


 

 店長もバイトの皆さんも私をほめてくれたけど、

 本当にそうなのかな。

 ウソを言っているようには見えなかった。

 もし、仮に、万が一、事実だったとしても、私は……

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