第2話 私の知らない姉
母さんは、姉のことで私がショックを受けていると考え、
少し学校を休むように言ってくれた。
私は、休んでいる間に、母さんに隠れて、
お小遣いやお年玉で貯めたお金で制服を買った。
今のタイミングで、母さんにあの制服を見せたら、
怒るどころか、親子の縁が切れるかもしれない。
学校に復帰すると、いろんな人から声をかけられた。
姉を心配する言葉だけではなく、私を気遣う言葉もたくさんあった。
その言葉を聞く度に、私は苦しくなった。
私は考えてしまったから。
姉が死ねば……と。
家に帰ると、母さんに声をかけられた。
「結花、もう体調は大丈夫?」
「うん」
「そっか。私ね、明日から仕事に復帰しようと思うの」
「そうなんだ。でも、もっと休んでもいいんじゃないの」
この1週間、母さんはあまり寝れていないことを知っている。
姉が一命をとりとめたことが分かった時は、喜んでいたが、
現在も意識は戻らず、どこまで回復するかも分からない。
日が経つにつれて、姉の現実を実感していったのだと思う。
「ありがとう。でも、そうもいかなくてね」
「どういうこと?」
「……結花に話すつもりはなかったんだけど……」
「何?」
「お金がないの」
「えっ」
「あっ、誤解しないでね。
足りないっていっても、生活するだけなら、大丈夫なの。
お父さんの残してくれた貯金もまだあるしね。
でも、お姉ちゃんと結花が大学に行くには、ちょっと……ね」
「初めて聴いた。
お姉ちゃんは知ってたの?」
「うん。お姉ちゃんが中学3年の時かな。話す機会があってね。
話した後、お姉ちゃんは、交通費がかからない、
バイトができる高校に入るって言い出したの。
私は好きな高校に行くように言ったんだけど、
勉強ならどこでもできるし、家事もやるからって、
ゆずらなくてね」
「そうなんだ……」
「お姉ちゃんと話して、お金のことは結花には言わないって決めてたの」
「なんで!言ってくれたら私にだって何か……」
「お姉ちゃんがさ、結花には家のことなんか気にせずに、
楽しんでほしいって」
「……」
「私も同じ考えだったから、言わなかったの。ごめんね」
私だけ何も知らずに、のうのうと生きていた。
自分を犠牲にして、私のことを考えてくれていた姉に、
私はいつも不満をぶつけて、嫌って、最低なことをしていた。
こんな私のために……
「私が大学に行かなければいい」
「ダメよ」
「大学がすべてじゃない」
「そうだね。ちゃんと考えて選択をするならいいと思う。
でも、今のは違うでしょ」
「……普通に考えたら、優秀なお姉ちゃんが大学に行って、
劣化版の私が働いた方が良いと思う。
そうすれば母さんは、期待しているお姉ちゃんのために、
動けるでしょ。いてもいなくてもいい私なんかのために、
お金も時間も遣う必要なんてないんだから」
「……何を言ってるの」
「私のためにお姉ちゃんが犠牲になるなんて、誰も納得しない。
みんなが求めてるのは、お姉ちゃんだから」
「そんなわけないでしょ」
「お姉ちゃんじゃなくて、私が事故に遭えば良かったのに」
パン
母さんは、私の頬を叩いた。
「ずっと、そんな風に思ってたの?」
母さんの顔は、涙を流しながら、怒っているのか、悲しんでいるのか分からない。
「私はどこに行っても、高階美咲の妹でしかないから」
「結花……」
しばらく沈黙が続いた後、
母さんは立ち上がって、私に背を向けた。
「とにかく、私は仕事に復帰して、今までより働く時間を増やすから。
お姉ちゃんの様子も見に行ったりもするし、家のことは」
「大丈夫。私なんかじゃ、お姉ちゃんの代わりにはなれないけど、
穴埋めぐらいは頑張ってみるよ」
「……ありがとう」
それから、母さんと話すことはほとんどなくなった。
母さんは、朝早くに家を出て行って、夜中に帰ってくる。
私は、学校から帰ると、洗濯や掃除、夕食作り、明日の料理の仕込みなどを行う。
次の日は、母さんより早く起きて、母さんと私の朝食と、昼の弁当を作る。
母さんとは、顔を合わせても挨拶をするぐらいだ。
家事をやり始めて、気づいたことがある。
当たり前のことだけど、弁当を買うより、作った方が安い。
姉が手作り弁当にこだわっていたのは、節約のためだったんだ。
そんなことも知らずに私は、コンビニで買うなんて言っていた。
……最低だな私は。
学校では変わらず、1人で弁当を食べている。
でも、この方が都合がいい。
学校でしか勉強や休む時間がないし、
人間関係で無駄に時間を使わなくていい。
今日も、さっさと弁当を食べて、勉強をしていた。
「高階さん……だよね」
この人は話したことはないけど、知っている。
2年生の柏木舞【カシワギ マイ】先輩だ。
生徒会の紹介があった時に、副会長をしていると
言っていたと思う。
「はい」
「少し話がしたいんだけど、いいかな?」
時間がもったいないが、断ると周りで見ているクラスメイトに
変な噂をされるかもしれないし、面倒なことになる可能性あるので、
素直にうなずいた。
中庭のベンチに先輩と並ぶように座った。
「話というのは?」
「……私、美咲先輩には、たくさんお世話になったの」
何人目だろう。姉のこのような話を聴くのは。
前は、聞く度にムカついていたが、今は違う。
自分がみじめで、苦しくなる。
「そうなんですね」
「生徒会で困ったことがあった時に、助っ人として助けてくれたの。
先輩、バイトで大変なのにね」
部活の助っ人をしていたのは知ってたけど、
生徒会も手伝ってたんだ。
……もう聞きたくないな。
「先輩は、キレイで、頭が良くて、運動もできて、性格もよくて、
たくさんの友達がいて、みんなに頼られて、
不器用なのに、努力でみんなの期待に応えて、
私のあこがれの人なんだよ」
「……不器用?」
「不器用な人だったと思うよ。覚えるのに時間かかってたし。
でもいつの間にか覚えていて、誰より仕事ができるようになっててさ。
相当な努力をしてたんだと思う。
そんなところも、あこがれるんだよね」
姉は、勉強も運動も家事もなんでも、器用にこなしてると思ってた。
そんなところに私は、ムカついてたんだ。
「美咲先輩の状態はどうなの?」
「状態は安定していますが、意識はまだ戻らなくて」
母さんから聞いた話だ。
私は手術の日以来、病院には行っていない。
私に姉と会う資格はないから。
「そっか……子どもをかばって、事故に遭うなんて。
先輩らしい。先輩らしいけど、なんで……
あんなに優しくて良い人が、なんで……」
「……すみません」
「なんで謝るの」
「事故に遭ったのが、姉じゃなくて、私だったら良かったんです。
だから……」
「意味が分からない」
「みんな、そう思ってるんじゃないかと」
「そんなこと、二度と言わないで!」
先輩は怒った表情をしている。
「先輩はね、良くあなたの事を話してたの。
とても楽しそうだった。
先輩にとって、あなたがすごく大切なんだって伝わってきたの」
「……」
「それにね、先輩から卒業式の日に言われたの。
4月から妹が入学するから、何かあったら助けてほしいって」
「……」
「今日は、このことを伝えようと思って、声をかけたの」
「……私は誰かに助けてもらえるような人間ではないです」
「そんなことないよ。何でも頼ってくれていいからね」
「……私の名前、分かりますか?」
「名前?」
「私の名前です」
「それは……」
「気にしなくていいです。皆さんそうですから。
皆さんにとって、私は美咲先輩の妹、という情報で十分なんです。
私個人に、興味はないんです」
「違うよ。そんなことない」
「……」
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