劣情走馬灯

さめじま🦈

第1話 序章


いいと思った。

死んでもいいと、思った。


「ねえ俊くん」

甘ったるい声が脳に響く。それと同時に蝉の声が止んで、世界はふたりきりを創った。

「俺の走馬灯さ、世界一長い気がする」

柄にも無く真面目な表情を作ってみせた真柊を見て、内心焦った。

走馬灯って死ぬ前に観るあれだろ?それまでの人生の記憶が頭の中を一瞬で駆け巡るみてえなやつ。

「死ぬとか今考えるかよ。…まあ、俺らの走馬灯は長いだろうな。絶対」

真柊の声のねっとり度を超えるほど、俺らが確かに共にした日々の濃密度は半端じゃなかった。

死ぬ直前にギネス記録を更新できるとか、最高に格好良い。ていうか、走馬灯のギネス記録なんてあるのか?あるとしたらどうやって競う?どうやって記録する?

「俊くんと俺同じ走馬灯観んのかな」

そうだったら嬉しいよねと若干の照れ笑いを含みつつ真柊が言った。

どうでもいいけど、そんなこと考えんなよ。もうすぐ死んでしまうみたいなその感じ、いちいち要らねえから。

星の光に照らされる真柊の横顔が綺麗で、泣き出しそうになる。

儚くてさ、綺麗なんだよお前は。

「同じ映像じゃあなくてさ俺らそれぞれの視点なんだけど、俺の観る映像には真柊が居て、真柊の観る映像には俺が居る」

なあそうだろ?と本来ならさらさらとしているはずの真柊の髪を弄った。

「そんなの俺、幸せになっちゃうよ」

深く頷いた後、まるで幸せになってはいけないのに、というように自分の頭上で静かに踊る俺の手を掴んで、そのままふっと降ろすから、俺の手は河川敷の地面に触れた。


俺は気づいている。真柊がもうすぐ、居なくなる。



―ロックンロール―


6月9日。本日なんとロックの日。

始まりましたロックな一日。現在午前2時半。

超絶深夜、絶賛雨降り中。


時が止まったみたいでさ、何をしても今なら許されるよなあ。何でも出来る気がする。

「無敵だ!!!!!!俺!!!!」

ふぅっ!と甲高い奇声を発してベッドの上で数回ジャンプをぶちかます。

もし神様が居るのなら、俺の心の叫びを是非とも聞いてはいただけないだろうか。全ての自然に、雲に、宙に、季節に、現状に感謝をさせてはくれないだろうか。もうそろそろこの声を大にして言わせて欲しい。

おっと、立っていちゃ駄目だ。失礼だろ。窓の方を向いて正座、よし。

んんっ、とここで咳払いをひとつ。

「僕!!磯貝真柊は!!!雨がとっても好きです!!!!雨!!お前、綺麗だよ!!最高に!!!!!ほんとう、最高だ!!!!!!!!!」


…爆弾か?俺は。

畏まって緊張を走らせてみたり、馬鹿ほど叫び散らかしたり、爆弾なの?ねえ。そんなに弾けたいのか。おい。

「ふぅ…」

情けなく息が漏れ出る。まるでそれは賢者の時間。だっせえ、深夜だぞ。超絶深夜。

まあそれくらい俺は雨が好きなのでね、と自分に言い聞かせる。 たまに車が走る音と、雨の音しかしないので、母さんたちはすやすや眠っているのだろうと安堵する。万が一起こして怒られるのが恐かったから、若干ボリュームを調節していたなんて秘め事はそのままにしておこう。

俺の思想は時たまこうして爆発してしまう。

でも暫くすると落ち着きます、もう子供じゃないので。

やる気に満ちて脳汁がドプドプ出ている今は最大のチャンス。しかも雨まで降っている。最高か?

軽い足取りでベッドから降りて椅子に座り、机と向き合った。


書ける。書ける。大丈夫。

ペンを握って目を瞑った。雨音に全集中したところで鼓動が速くなる、死ぬほど。

閉ざされた真っ暗な視界が歪んで息を呑む。手が震えてきた。吐きそう。

やっぱり、書けない。歌詞が、書けない。

泣きそうだ。嘘、もう泣いている。

どうした俺の情緒。こうなったのはいつからだ。

真柊、お前はこんなにも仕方の無い人間だったのか?強く生きてくれよ。これじゃあ何も誇れないぜ。

うぅ、と嗚咽が出るほど暫く泣いていた。悔しくて、情けなくて、惨めで、愚かだろ、こんなの。

不甲斐ない感情を抱えたまま、ベッドに潜り込む。俺は作詞家になりたい。それだけなんだ。もうこのまま二度と歌詞を書けなかったらどうしよう。俺の夢は?彼女の夢はどうなるんだ?

6畳半の部屋でひとり、この世の全てを抱き抱えて苦しんでいる。

俺が、夢、叶えないと。

泣き腫らした目を擦ってはまた涙で上書きしてしまうから、夜が明けて目が覚めても鏡を見ないようにしようと誓った。

6月9日。俺にはやはりロックの欠片も無いようです。ごめんなさい。

だけど今日も、心から雨が好きでした。

おやすみ世界。

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劣情走馬灯 さめじま🦈 @samezimasann

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