第18話 拾った女さんを磨く

 ぶくぶくのおばさん……もといプリンセスはブルーシートとロープで拉致られ数週間が経っているのでかなりくさい。人間が長期間風呂に入らないと放つ自然な獣臭ではなく、もともとつけていたであろう化粧品の香料やら香水やらの劣化した匂いと混ざり合う人間が発する獣臭の自然な発酵が人工化合物により生物多様性のバランスが壊れて、ひどい刺激臭を出していた。

 自然な獣臭は、土埃になる一歩手前みたいな埃っぽいニオイだが、化粧品やら香水やらの洗礼に耐える選りすぐりの雑菌が放つ歪な獣臭は、王家の血塗れの歴史の化けの皮が剥がれたことを感じさせるのに充分な不穏な匂いだった。芳醇な香りに発酵する酒というのが如何に超絶スキルであるのか思い知らされた。


 「では庶民、妾を街まで案内あないせよ。」


 こちらの動くことのない公文書にサインした身元をみて敵の一味でないとわかった途端にさっきとは打って変わって偉そうだ。臭いくせに。だから排除運動も生まれたんだろう。確かにオレは王宮の派閥争いには関与してないというかそこら辺の事情に触れられる位置にいないが、もしそういう位置にいたら間違いなくこいつを排除する側に付いていただろう。

 正直なところ、ブツを入手出来たのだからこんな女さんなんか、たとえVIPだろうとどうでもいい。ほっといてとっととギルドに完了報告してしまいたいのだが、傷付いて倒れてたなら振り切れるが、ここまで元気で意識もはっきりされてると逃げても追われるだろうし、下手すると側近と合流して権力振りかざして迫ってくる恐れもある。ここは穏便に話を付けよう。


 「私めの注文主は小さな街のギルド。街には生活するため以上のものは無く、殿下をご案内しておもてなし出来るようなところではございません。むしろ街道に沿って王都へ向かわれたほうがよろしいかと」


「その王都で敵勢力に拉致されて始末されようとしてた悲劇の姫相手にどうしてそのようなひどいことを。」


 あぁ、そういうことか。めんどくせぇ。そんな相手によってコロコロ態度変えて臭いさせてるから王都追われるんだよ。それでもと言うなら街まで連れて行ってやることは構わない。行っても何もないがな。そこでコイツに恥をかかせるためにあえてニオイを気にしないふりするか、街に向かうときこいつの風下になったときのリスクを軽減するために一度洗うか、そこが問題だ。


「その臭いを漂わせたまま付いてこられたら隠密行動に支障が出ます。ひとまず身を清めてください。」


 カスミ、さっきの交渉と違ってズケズケ言うなあ。俺だってそこまで直接的に言わんぞ。それとも実は心理的距離近づいてよそ向きの言葉でなくなったってこと?

 カスミも内親王もこれなら永遠によそ向きの言葉遣いで接しててほしいものだ。お近づきになりたくない。

 街道に沿って流れる川がある。ここでこのクソ内親王を洗うか。まず、そのまま川に入ってもらう。ただの水流だけでどす黒い汚れがはっきりと浮かび下流に流れていく。そして魚の死体が浮かぶ。身体になんつうもん塗ったくってたんだ?それとも劣化してこうなったの?

 バッグから手で直接洗えるタイプの泡立つボディーソープを取り出して渡す。若い女の濡れ場なら是非ともこの手で洗って差し上げたいところだが身体中に毒を纏っているおばさんはご遠慮したい。


「これ、そこの下男、妾を洗わぬか?」


うるせぇバロー。バッグに拉致するぞゴラァ💢


「某は男性ゆえ、殿下の御身に触れることなどあってはならないことです。ご自身で洗われるかカスミにお命じになってください」(棒読み)


「なんとも面妖な。世の男は女性の身体に触れるのが何よりの報酬だと聞いておったのだが」


 それは若い女性限定です。おばさんが若い男に触ってもらうには逆向きにおばさんから若い男にお金払うの。ホストクラブって知ってる。供給が極端に少ないからその価格は高止まりしてるくらいだ。


「ではカスミとやら、洗ってくれぬか」


「はいはい。言い出しっぺは私ですからね。私が満足するまで徹底的に汚物は消毒しますわよ!」


―――

 男は見ないでというので、川べりを外れて街道まで出てきた。叢を挟んでいるから街道からは見えないが、声だけは聞こえる。叢には百合の花が咲いている。


バッシャーン!

 ……あぁ、水掛けたんやろな。

ジャブジャブ!

 ……タオルとか水に浸してるんやろな。


「アッー!痛い痛い痛い!」 

 ……はぁ?こいつら何やってんの?


「だっ、だめぇえええ、それだけは許して〜」

 バリ!メシメシメシ!ボキッ!バリ!

 ……流石にヤバくないか……。


 痛いとか、違うそこじゃないとか、ぎゃ~とかの姫の悲鳴の連続だった。

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