慈寧宮・再
瞑目
道士の治療は続いていた。灸は既に除かれ、鍼の施術が始まっていた。
腰に始まり、足、掌、肩、顔、その他各所に巡る経絡を、熟達の指先は慎重に見定めていった。そして、鍼を打った。
深く息を吐いた老皇太后が、陶枕に頭を預けたまま黙り込む。しばしの沈黙の後、道士が口を開いた。
「御体の具合はいかがですかな」
「特に変わりはありませんが……体の芯が、温かく重くなってきたように感じられます」
「気血の凝りが解け始めた兆候ですな。よきことです。七情は、なおも強く乱れておりますゆえ、整いきるかは予断を許しませぬが」
ふたたびの沈黙の後、今度は皇太后の側が問うた。
「この目は、快癒するのでしょうか。癒えることがあるのでしょうか」
「なんとも言えませぬな。癒えるべきであれば癒えましょうし、そうでなければ癒えぬでしょう」
重い沈黙が落ちた。
大窓からの陽光は、すっかり弱くなっていた。日は既に没し、残照だけが留まる頃合であった。
ふと、皇太后の口から小さな欠伸が漏れる。
「眠くなってまいりましたかな」
「ええ、少々」
「寝ていただいてかまいませぬぞ。眠っておられても、鍼は進められますゆえ」
皇太后は、わずかに眉を動かした。
「……齢七十の老境とはいえ、寝所に男とただふたりの今、眠りに落ちるわけにはまいりませぬ」
皺だらけの手が、寝台の脇を数度さまよう。指先が枕元の鈴に触れた。手探りで鳴らせば、すぐに侍女が飛んで入ってきた。
「太后様、何か」
慌てる侍女へ向け、皇太后は頭を起こし、柔らかく微笑んだ。
「長話が終わりました。私はしばし眠ります……鍼は続けてくださるとのこと、変わったことがないか、見ていてください」
「はっ、はい」
深々と頭を下げる侍女の前で、皇太后はゆるやかに目を閉じた。
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