ウサギの恩返し

九文里

第1話 白うさぎ、野犬に追いかけられる

 江戸時代の終わり頃、とある深い山の中に1羽のウサギが住んでいた。

 そのウサギは、純白でとても美しい白色をしていた。

 しかし、あまりに白過ぎてくさむらの中にいてもすぐ天敵に見つかってしまうので、日々戦々恐々と暮らしている。

 また、遠く無い所に人の住む集落があり、そこに住む猟師達にも美しい毛皮のため狙われていた。

 彼らには“シロ”と呼ばれていた。

 ある時シロは、めったに見られない大好きな草を見付けて夢中で食べていた。

 あまりに一生懸命食べていたため捕食者が近くにくるまで気がつかなかった。

 パキッと枯れ枝を踏む音がしたので振り返ると、大きな野犬が真後ろに立っていた。

 見上げるように大きなその犬は、大きく開いた口から舌を出し、息を切らし、ヨダレを垂らして鋭い牙を覗かせている。

 そして、前足を上げ、今にもシロの背中に爪を振り下ろそうとしていた。

 シロは口から心臓が飛び出るかとおもうほど仰天したが、反射的に後ろ足を蹴りだして飛び出し間一髪で振り下ろされた爪をかわした。

 シロはおもいっきり走った。

 ウサギが本気で走ると車並みのスピードを出す。

 野犬もせっかくの御馳走を逃すまいと懸命に追いかける。

 草の中を、岩を避け木々の間をすり抜けながら物凄いスピードで追いかけっこをする。

 だが、野犬は足の速さではウサギにはかなわない。徐徐に差をつけられていった。

 すると、シロの眼前に異様な空間が現れた。空気が陽炎のようにゆらゆら揺れている。

 シロは、お構い無しにその中に突入した。野犬も続いて走り込んだ。

 すぐに景色は、何時もの山の中に戻った。

 そして、段々シロに疲れの色が見えてくる。

 ウサギは、走るのは素晴らしく速いがスタミナが無かった。

 シロの足が急に重くなる。そして、ついに足が止まった。

後ろを振り向くと、野犬が体を躍動させてせまって来るのに動くことが出来ない。

 ついに野犬はシロに追い付き、シロの背中を前足で押さえ込んだ。シロは、潰れた様に地面に這いつくばる。

 もうシロは動けなかった。なにせ、シロの何倍もある大きな巨体に押さえこまれているから。

 野犬は、余裕を持って舌を出し息を整えて休息している。

 そして、シロの喉元を噛みきろうと態勢を低くした。その時、野犬は頭に激烈な痛みを感じて悲鳴を上げてのけ反った。

 人の拳大もある石が飛んで来て、頭に直撃したのだった。

 シロと野犬から少し離れた所に男が一人立っている。若い男だ。彼が野犬めがけて石を投げたのだった。

 野犬は、怯んだがシロを押さえる足を外さない。

 男は、辺りを見回して落ちている1メートルぐらいの枝を拾って野犬に向かって歩いて来る。

 野犬は唸り声をあげて、男を睨んでいる。

 男は、枝を振り上げて野犬の耳を打ち据えた。

 野犬は悲鳴をあげたが、次の瞬間、男に飛び掛かってきた。

 男は態勢を崩して後ろに倒れたが、盲打ちに振り回した枝が野犬の目に当たった。

 野犬は再び悲鳴をあげて、今度は逃げていった。

 シロは立ち上がり、倒れている男の元に歩み寄る。

 恐る恐る男の体に鼻を近づけて、匂いを嗅ぎ様子を伺うが男は動く気配が無い。

 彼は、頭から血を流している。倒れた時に立木で頭を打ってしまったのだった。

 シロは男が死んでしまったのではないかと心配になった。


 それにしても、男の姿は見た事が無い様相をしていた。

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