第9話 変態は森の中で熊さんに出会い、接触事故を起こしました


 ど......どうしよう......覚悟を決めていたとはいえ生まれて初めて俺は人を殺してしまった......! 

 この後どうすれば良いんだ? 軍の詰所に自主するか? いいやだめだ......なんせこの世界の警察みたいな奴らはあの神奈○県警コスプレ集団よりも不祥事が多い連中だ、碌に捜査も言い分も聞いてくれず復讐を遂げる前に適当に処刑されかねない。

 なら水酸化カリウムに浸した樽にこいつをぶち込んで溶解させるか? それともコイツに油を染み込ませて河川敷で燃やして証拠を消すか!? いくら相手が賊とはいえ、こんな殺人がバレたら俺はこの世界でまた......人にバレたら......? まてよ━━、





 これバレなきゃ良いんじゃね......?



 俺は開き直るとスキンヘッドの仲間達に血まみれの全裸で近づく━━。



「お前ら......今の噴水ショーを全部見たよな......?」


「は......はいっ......」



 俺は両手に構えたデコピンを奴らに向ける......。


 この世界には監視カメラも元住んでた世界の様な最先端の捜査技術も無い......それならば見てたヤツ全員を始末すればこの問題は消える。

 都知事の学歴詐称疑惑然り、公にならない不正は時として正義になる......今後この世界で生き抜いてゆくにはそれしかない━━。



「見たのなら......もう殺すしかなくなっちゃったよ━━」

 

「ま......待って下さい! 俺たちは脅されてたんです! 本当の事を話しますから殺さないで下さいっ!」



 普通の服を着た男達は土下座の体勢で涙ながらに命乞いをする。



「脅しってなんだ? まさか女房子供を人質に追い剥ぎを命令されたのか? そんな漫画みたいな展開で俺を━━」


「そうなんです......! 俺達はこの近くにある村の農夫でそれぞれ妻と子供がいました......。でもある日山から来たヤツらに全員捕まって妻と思春期の娘はそのボスの━━」


「女にされたのか?」


「はい......奴らは俺のエレンやこっちの男達の妻を無理矢理......」



 この人達も俺と同じで所謂強者に寝取られたって訳かよ......改めてどんだけ治安悪いんだこの世界は。

 であるならこのゲルドとかいうハゲの事も本当はみたいに殺したいほど憎かったはずだ......。

 もし今この人達を助ければ俺の評判が上がりその噂が広まっていけば動きやすくなるはず......そうなれば自分たちの評判を大事にする勇者達に復讐する際それは手段として使えるかもしれない。

 なんせ奴らは村娘の件然り俺へのイジメの方法然り、人々の目を人一倍気にしていたからな━━。



「アンタのその規格外の力ならヤツに勝てるかもしれねぇ......! お願いします! 妻と子供を助けて下さい!」



 どうせ元の世界には戻れないなら勇者達への復讐を念頭にこの世界でヨルと快適な生活を送れる様にするのも悪くない。

 それにこの先の生活で強い奴が出現すれば俺はさらに強くなり、勇者を肉体的にも精神的にも完膚なきまでに叩きのめしやすくなる━━。



「......分かりました。でもタダでという訳にはいきません」


「ありがとうございます! では何を支払えば......」


「その......俺達にまともな服を下さい......」



 俺とヨルはとりあえずちゃんとした服を手に入れる為、賊のボスが住処にしているというさっき破壊した山とは別山へ向かい歩き出した━━。



「ねぇご主人......」


「どしたヨル?」


「お股のソレ......ずっとブラブラしてて猫じゃらしみたいだね」


「どうせ俺のジャラシは猫ジャラシ並みの小ささだよ! それより女の子がそんな端ない事言うんじゃありません!」


「声うるさい......そんなに恥ずかしいならさっき殺しちゃった人から服奪えば良かったのに......」


「突然物騒なこと言うなよ......流石に嫌だろ新鮮な血に塗れた服を着るのはさ......。それにパンツにまで染みたあの血で病気とか移りそうだし━━」



 さっき殺した人間は男達が外から見えない様袋に入れて木の棒に縛り付けた後、時代劇でよく見る駕籠かごの様に2人がかりで棒を肩に乗せて歩いていた。



「でもご主人は病気にならないじゃん。それにずーっと全裸の主人公なんて見た事ない......」


「仕方ねーだろ? 今は金どころか初期装備品すら持ってないんだ。文句があるなら服がビリビリに裂く程の攻撃をしたクソ勇者と律儀な羊頭に言ってくれよ! ていうかオマエら賊の連中は良いなぁ! 見るからに暖かそうでさ!」



 俺はちゃんとした服を着て山を案内する男達に文句を垂れながら睨みつける。



「すみませんヤツ村さん......。妻を救ったら必ず服は用意するんで、とりあえずそこのヤツで我慢してもらって良いですか?」



 そう言って男達の中の金髪男がとなりのト○ロに出てきそうなデカい葉っぱを木からむしり取って俺に渡す━━。



「俺は原住民か! 助けを求めたヤツに対して葉っぱ一枚って......お前らどんな礼儀作法学んできたんだ!? どっかの議長みたいにカラオケ歌いながら股間にマイクを近づけるぞ!」


「すみません......! でも服は持ってないし今できるのはそれくらいで......」


「いやいやアンタが今着てる服一枚寄越せや! 特に下は暖かそうなモン履いてるじゃねーか!」


「いやコレはダメです! 妻が最後に街のウニクロで買ってくれたヤツだから」


「う......ウニクロ? 何そのユ○クロみたいな名前......そんな服屋街にあったの?」


「普通にありますよ。そんな事も知らないとは......もしかして貴方異世界から来たんですか? 見た目は極東日ノ国の人っぽいけど━━」



 確かに俺はこの世界の服屋事情なんて知らない。

 よくよく考えれば俺はサンドバッグ生活の中でボロボロの格好だった事もあり、その恥ずかしさからマトモに街へ出掛けたことなんてソフィヤリマンの買い物に一回付き合った程度で全くなかった。

 そもそも食料は現地調達だし装備品は勇者に経済DVされていたから最初に支給されたモノ以外手に入れることは出来なかった。


 そう考えると本当に碌な生活じゃなかった━━。



「数ヶ月前にね......。ていうかその妻を救ってほしいならやっぱ俺に貸してくれよ!」


「ダメです! 貴方今ノーパンで水浴びすらしてなさそうだし、俺のズボンがイカ臭くなるのはたまったもんじゃないですよ!」


「こいつ.......! なぁヨル、ムカついたからコイツの服と金を追い剥ぎしてさっさとズラかろうぜ」


「いいねご主人......やっちゃおう」


「ごめんなさいそれでも出来ないんです! 俺潔癖症なんで!」


「はぁ......分かりましたよ、とりあえずみんなで俺の姿を隠して下さい。すれ違う人に通報とかされたくないし......」



 そうやって上手く身を隠しながら林道を何時間か歩くと透き通るように綺麗な川を道の下の方に見つけた。

 その川をよく見るとピチャピチャと魚達が元気そうに時折跳ねてる。

 そしてそれを見ていたヨルがさっきまでのツンツンでローテションな態度とは裏腹に俺の腕を何度も引っ張る━━。



「ご主人ご主人......!」


「なんだどうした?」


「アレっ! アレっ!」



 ヨルは口から涎を垂らしながら必死で川の方を指を差す先には、サケのような魚が流れに逆らって必死に泳いでいた。



「もしかして......アレ食べたいのか?」


「うん......うん......! 私お腹すいた......ジュルッ......」



 ヨルは流れ出る涎を腕で拭き取りながら輝かしい目でサケをじっと見つめていると、男達が会話に割って入ってきた。



「ダメですよアレを取っちゃあ......この辺りはその魚が大好物のデカいクマみたいな魔物が居るんです。もし取ったら匂いにつられてヤツが━━」



 スタタタタタタッ━━!



「あっ! ヨル待てぇぇっ! この潔癖症の話を......!」



 ヨルは男の忠告を無視して涎を垂らしながら俺があげた下着を風に靡かせて全速力で走る。

 その姿はさながら世界陸上に出ている選手のように綺麗なフォームだった。



「ひひっ......おさかなおさかな......♪ ゲットゲット......♪」



 川に着いたヨルは静かに水面へと足を忍び込ませ、手は魚を取るタイミングを見計らっている......その姿はまさに野生そのものだ━━。



「音を立てずにジーッと......ソーっと......」



 待つ事数十秒......魚の動きが止まった瞬間━━、









「グルルルルァ.......!」


「へっ......」



 ヨルの背後に5mくらいはありそうな背丈のデカい紫色の体毛を生やしたクマが仁王立ちで涎を垂らしながらヨルエサに襲い掛かろうとしていた━━。



*      *      *



「ほら言わんこっちゃない.......! でっけぇニートプーさんが出やがった!」


「ごしゅごしゅごしゅごしゅご主人......! あわわわわわわわ......ごわぃぃぃぃ......!」



 ヨルはブルブルと身体を震わせながら尻尾と背中を丸める。



「言わんこっちゃない......待ってろ! 今行くからなっ!」



 シュタンッ━━!



「ぬぁっ!」



 いつもの力加減でヨルの元に全速力で駆け寄ろうとした瞬間とんでもないスピードでクマとの間合いを詰める。

 そんな瞬間移動の様な自分の跳躍力に驚いたのも束の間ビビるヨルの横を一瞬で通り過ぎ、停める術が思いつかないままクマへと全裸で突っ込んでいく━━。



「ご主人っ......!」


「おいおいおいおい嘘だろっ! ちょっ......クマどけぇぇぇぇ!」


「グル......? グルァァァァッ!」



 異常な速さでコチラに向かってくることを察した熊は二足歩行のままくるりと向きを変え、大きく腕を振って全速力で俺から逃げる。



「バカっ! テメェ俺の進行方向に逃げるんじゃねぇ! 横に逃げろ横! ぶつかるうぅぅっ......!」


「グルァァァァッ! ハァハァハァ......グブォッ......!」



 フ゛シ゛ャ゛ァ゛ァ゛ッ━━!



「グ......ル......ッ......」



 俺と衝突したデカいクマの魔物は俺の体の形の風穴が開いた部分から紫色の血を大量に出血しその場に倒れ、俺はその地を全身に浴びながらヨルの方へ向いた。



「......ご主人だぃじょぶ......?」


「よ......よーし一件落着だな。とりあえず人身事故だから保険屋と警察に電話してくれヨル」


「ご主人......ココにでんわない.....」


「そうだった......。と......とりあえずこの熊の皮使えそうだ━━」



 俺はその場で熊の毛皮を手で引きちぎり川の水で自分ごと洗った後、その毛皮で下半身を覆った。



「よーし、これなら陳列罪に問われなくて済むな。出発!」


「アイツ......ホンモノのヤベェ奴だ......」



 男達はその場で唖然としながら俺とヨルを見つめていた━━。

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