ヘヴィーメタルガール

雨矢健太郎

第1話




 時の流れは全てを変える。それは良いことにも悪いことにも言える。その瞬間にはわからない、その変化が自分にとってどのような意味だったのか?

 ヘヴィーメタルガール、という女の子たちがいた。

 いた、だ。だから今はもういない。いるのは写真の中だけだ。その中で彼女たちはあの頃と同じように微笑んでいる。

 彼女たちは忘れ去られた。

 かつてこの世界で活躍し、称賛を浴び、まるで世界が自分たちのためにあるかのような錯覚をして、そして忘れ去られた。それはよくあることだった。

 可哀想?

 きみはそう思う? 本当に?

 もしそうなら、きみはほんの少しこの世界ってやつを知らなすぎる。

 だって今この瞬間にだってそういった悲劇は起こっている。それは地味で陰鬱なものだろう。わざわざスポットライトを浴びせなければ涙を流せないなんて馬鹿だ。

「……あ? ヘヴィメタ? なんだそりゃ?」

 土木工事の現場でユンボを運転しているおっちゃんががなり立てた。別に怒っているのではない、ただ機械音がうるさくて自然と声がでかくなるだけだ。

「えと、確かそんな女の子たちもいましたよね」

 若い新入社員と思われる現場監督は最新の端末を抱えながら言った。制服は小綺麗で汚れ一つ無い。

 他の社員も言った。

「ああ、知ってますよ、当たり前じゃあないっすか、女の子が馬になって走り回るやつですよね。あれ逆か? まあどっちでもいいや。自分もたまに課金してますよ人生が暇なんで」

 かつてヘヴィーメタルガールという女の子たちがいた。

 そして忘れ去られた。

 それはよくあることだった。

 だが世間に忘れ去られてもそれぞれの人生が終わるわけではない、当然の話しだが。誰の記憶からいなくなってしまったとしても、その当事者たちはこつこつとやるべきことを模索しようと日々を生きているのだ。

 「……ねえねえ、本当にこんなところにあるの?」

 甲高い声を発し、春原みかは言った。

「ちょっといきなり話しかけないでよ、ただでさえあんたの声はきんきんと頭に響くんだから」

 冬野りんが言う。みかは不貞腐れたよう言った。

 「装備着用って言ったのはりんちゃんじゃない」

 こんな用事ならわざわざ来るんじゃなかったな。みかは思った。

 二人はスクラップの山の上にいた。

「ところで何を探しているの?」尋ねた。

「いいものっ」

 りんは言った。

(いいものがこんな屑山にあるのだろうか?)

 みかは思った。あるのかもしれない、無いのかもしれない、よくわからない。みかは基本的にあまり深く物事を考えない性格なのだ。だから現状こんなことになってしまっているとも言えるのだが……。

(他のヘヴィーメタルガールたちはどうしているだろう?)

 ふとそんな疑問がよぎった。みんな元気にしていたらいいな。

 風の噂ではみんなヘヴィーメタルガールなどとっくに辞めてしまったらしい。そして嘘のよう違う人生を歩んでいるのだそうだ。

「はあ……」

 みかは溜息をつき屑山の上に座り込んだ。

 「りんちゃん、人生ってつらいねー。あの頃こんな未来が待ち受けているなんてわたし思いもしなかったよ」

 その声を無視し、鉄屑をがさごそと漁りながらりんは「こんなもんよ」とだけ言った。だがその言葉にりん自身が納得しているようにはみかには思えなかった。

「廃品回収で日当、稼ぎ……か」

 しかも既に回収された場所から回収しているのだからこれは窃盗ではないか。

「ねえみか、ちょっとこのポルシェどかしてっ」

「はーい」そう言うと同時に廃車のポルシェが山の上からごろごろと転げ落ちた。どんがらがっしゃああん。

 何故このような高級外車がこんな場所に棄てられているのか? みかにはわからない。世の中、謎なことが多すぎる。

「もう疲れたよー、りんちゃん、帰ろーよ」

 ついにスクラップの山に仰向けでみかは寝転がってしまった。ふにゃー。

 もう何時間こんなことをやっているのか? ヘヴィーメタルガールだって休憩をする。当たり前だ。人造人間じゃあるまいし。彼女たちはただ機械や重機との親和性が高く、その能力を他の人より多く引き出せるだけで、身体は生身の普通の人間なのだ。お腹も減るし休憩もする。

 ヘヴィーメタルガール。

 かつてそう呼ばれる女の子たちがいた。

 人間と機械が共に協力し合い、より良い未来を創るために存在していたのだ。機械は人の心が反映され初めて社会の役に立つ。

 今まではそうだった。

 だがこれからはそうではなくなるらしいのだ。

 みかたちヘヴィーメタルガールの役割は人工知能によって奪われてしまった。そのやり方も別に無理やり強奪されたわけではなく「ちょっと申し訳ございませんがそちらにわたくしを座らせて頂いても宜しいでしょうか?」と丁寧にお辞儀をされ、奪われたのだ。みかは馬鹿だから「あどうぞ、仲良くしましょう」などと言ってしまった。そして気付けばもうみかの席は何処にも無かったのだ。

 機械を操作する人間なんて要らないらしい。だって人間はお腹も減るし、休憩をちゃんとよこせとか言うし、給料も与えなくっちゃいけないし、色々と面倒だから雇用者はやめることにしたのだ。みかは言った。

「ねえ……何回も訊いたかもしれないけど、どうしてわたしたちの仕事って無くなっちゃったの?」

 りんはまだお目当ての物を探していた。振り返らず言った「だからあっ」重い物を持ち上げ、脇へとどかし説明した。

「コスパがわるいのよ、コスパが。人間なんて介入させないで機械で全部やっちゃった方が良いわけ」

 ふーん。

 まだ仰向けのままみかは思った。コスパ、って楽しそうな言葉なのにな。りんはまだ説明をしている。進化した人工知能がどうとか。その話しの大部分はみかにはわからなかった。でもこれだけはわかる。つまりヘヴィーメタルガールはもう用済みになったということだ。

「ねえ……わたしたちってまるで馬鹿みたいだね」

 ぼんやりとみかは呟いた。

「馬鹿だからさ、きっとみんなが辞めちゃったヘヴィーメタルガールなんて未だにやっているんだろうね」

 時は流れた。

 それも凄まじい速度で。びゅーん。

 みかはびびる。ちょっと前まで自分が幼稚園で体操とかしていた筈なのに。

 時は流れそして容赦のない風が現実に吹き荒れて、ヘヴィーメタルガールたちみんなを全然、違う場所へと追いやってしまった。あんなに仲が良くって、まるで永遠みたいにこの時間が続くような気がしていた関係性もあっさり終わった。

 みかは、哀しかった。

 そうだ。これは哀しいって気持ちなんだと思う。だってそんなのってあんまりじゃあないか。でも涙は流れないのだ。

「よっしゃああああっ」

 そこでスクラップの山の上にりんの歓喜の咆哮が響き渡った。みかも立ち上がり近寄って彼女の肩越しにそれを見た。それは何かの基盤のようだった。

「それなあに?」

 またりんの説明が始まった。みかは機械のことには全く興味が無いので、頭に入って来なかった。機械に詳しくなくても機械を操れる。そういった人間もいる。本人にだって何故、自分が上手く操れるのかよくわかっていないのだった。

 りん曰く、これは中古の骨董品でその筋のマニアに売ると良い値になるのだそうだ。初期の初期のタイプだよっと興奮していた。ふーん、そうなんだあ。みかには周りに転がっている他の鉄屑とまるで見分けがつかなかった。でもりんがそう言うのなら、そうなのだろう。

「よくやったね!」

 りんは上機嫌で言った。

「よーしよし帰りにネギチャーシュー麺をおごってやろう」

「え? 本当?」

 みかにとってヘヴィーメタルガールとしての仕事は久しぶりだった。仕事? いやアルバイトみたいなものかな。ただ重たい物をどかしたりしただけだ。でもみかにとっては楽しい一日となった。心地良い疲労が全身を包み込み、かつて夢見た何かに一瞬、触れたような、そんな懐かしさを覚えた。




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