第15話 聖女、再び

 翌日、俺は朝からロセット師匠と二人で街の大修道院まで足を運んでいた。


 ロセットの指示の元、いくつかの戦技を習得し、今後の訓練に活かすためである。


 このタイミングで戦技を覚えるのは、基礎訓練が進んだ結果、俺の戦属性の習熟度が上がり、今後必要になる戦技が覚えられるようになったから、というのが大きい。


 中でも、戦技が強力になるのは複合属性の技が主で、単属性の戦技は、低レベルだと『オーラ』や『スラッシュ』などの基本的な技、悪く言えばあまり効果自体は強力ではない技になる。


 しかし、俺はロセット師匠の方針の元、単属性の戦技を主に覚える事になっていた。


「『オーラ』や『スラッシュ』は基本戦技と呼ばれますが、シンプルがゆえに実戦では最も反射的に出しやすく、応用の効きやすい技です。強力な必殺技は派手ですが、威力が強いがゆえに癖も強く、いつでも連発できるような技にはなりにくいです。まずは基本技の扱いを磨き、戦闘の基礎をマスターする事こそが、結局一番強くなる近道になります」


 そんな方針のもと、俺は3つの戦技を覚える事になった。


――〈プグナ


〈システム〉:オーラを習得しました。


――〈プグナ〉〈プグナ


〈システム〉:スラッシュを習得しました。


――〈プグナ〉〈プグナ〉〈プグナ〉〈ラクス〉〈ラクス〉〈ラクス〉〈テネブリス〉〈テネブリス〉〈テネブリス


〈システム〉:リプレイスメントを習得しました


 ====================

 戦 Lv3

 水 Lv3

 風 Lv3

 土 Lv3

 光 Lv3

 闇 Lv3

 習得魔法:ツインエレメント、ウォーター、ウインド、アース、ライト、ダーク、シェイドミラージュ、カオスカッター、オーラ、スラッシュ、リプレイスメント

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 俺の戦技のレベルは、地獄の訓練の成果で、たった数週間でレベル3にまで伸びていた。


 冒険者学校入学時点でLv3というのは、学内でも上位数パーセントに入る才能なので、それが6属性も揃っている俺の熟練度は、現時点でもなかなかのものであると言えるだろう。

 もっとも、魔法5属性についてはシャイニングスライムでゲーム知識チートをしまくったからというのが大きいが、戦属性のレベル3は自ら地獄を乗り越えて勝ち得たものなので、これに関してはより喜びが大きい。


 それを活かし、基本技であるオーラとスラッシュ以外に、リプレイスメントという戦技を習得している。


 これは応用技に分類される戦技だが、非常に使い勝手のいい技だ。


 前世の言葉でいえば、変わり身の術、というのがこの技に近い概念となる。


 自らの影を変わり身にして、対象の影の中へと素早くワープする戦技であり、回避技としても移動技兼攻撃技としても使える、攻防一体の便利技である。


 このリプレイスメントとカオスカッターは、当面の俺の戦闘における切り札的な立ち位置になっていくだろう。


「覚えましたね。では、屋敷に戻って訓練を再開しましょう」


 祈祷の間を出た俺は、入口で待っていた師匠と合流し、二人で大修道院の廊下を歩き屋敷へ戻ろうとする。


 と、そこで、廊下と廊下が交差する位置にて、左側から一人の少女がひょっこり顔を出した。


「こんにちは!」


 美しすぎるほどに美しい銀色の長髪に、それを飾る綺麗なティアラ、その下の元気いっぱいといった様子の明るい美少女フェイスは、誰あろう、聖女リーチェ・ストライトのものである。


「げ……ご無沙汰しております」


 思わず内心が出そうになるも、慌てて口を閉じながら、俺は片膝をつき、聖女に一礼する。


「あはは! わたしに会って『げ……』だって! なんかおサルさんがバナナ踏んづけちゃったみたいな顔してた! やっぱサルヴァ、おもしろーい!」


「リーチェ、あまりわたしの弟子で遊ばないでください。その髪燃やしますよ」


「あれれ~、女の子連れてるなーって思ったらロセちゃんじゃん! 奇遇だね!」


「……あなた相手に奇遇もクソもないでしょうが」


「……えへへ、そういう事言っちゃ、めっだからね?」


 途端、いつも通りにこにこしているだけなのに、なぜか聖女から強烈な殺気のようなものが一瞬発された気がした。


 すると驚くべき事に、あのロセット師匠が、うっ、と一瞬気圧されたような様子を見せる。


 俺なんて、怖すぎて身体の震えが止まらないレベルだ。


 マジで怖すぎる。なんだこれ。


「なーんて冗談冗談、ちょっとだけ怖がらせちゃったね、ごめんね、特にサルヴァは」


 そういうと、聖女はちょこちょことした足取りで俺の近くにまで寄ってくると、眼前でにこーっと笑う。


 先ほどの恐怖とあまりにギャップのある可愛さに、思わず見惚れそうになってしまうのは男の悲しい性か。


「うんうん、怖い事があったときは、笑顔を見るのが一番だよね! でもまだちょっと身体が固いみたいだから……ちゅー」


 と、全く何をされたのかも分からないような速さで、気づけば俺の唇にリーチェの唇が合わさっていた。


 その柔らかい感触は本能が求めてやまなかった何かが満たされるような、そんな原始的な充実感を感じさせるもので、一瞬の口づけなのに、思わず陶然としてしまう。


「ふふふ、これが天使のキッスってやつかな? サルヴァが喜んでくれて、わたしもうれしいよ!」


 ああ、やっぱリーチェ・ストライト、可愛すぎる……天使やこの子……


 あっという間に洗脳完了といった様子の俺だったが、ふと横に無視できない気配を感じて振り向くと、ロセット師匠がわなわなと黒いオーラを発しながら、強く動揺していた。


「ふ、不純です……わたしのパパと……パパとキスなんて……許せない許せない許せない許せない許せない……」


 ゴゴゴゴゴ、と暗く恐ろしい気配を発し始めている師匠をマジでやばそうだと感じた俺だったが、一体どうすればいいのかまるで分からない。


 と俺が何もできずにいると――


「あれれぇ? ロセちゃんもサルヴァとちゅーしたかったんだ?」


 と火に油を注ぐような発言を聖女リーチェがしてのける。この聖女、無敵である。


「そ、そういうわけではありません! サルヴァとわたしの関係は、そのような男女の何かというわけではなく、もっと神聖で、高潔な、親子のような関係なのです!」


 その親子のような関係はあなたが無理やり作ったものですが、と突っ込みたい気持ちでいっぱいになっている俺であるが、そんなのは関係なく会話は進んでいく。


「親子ね、なるほどなるほど……ああ、分かるなぁ、その気持ち……」


 と、リーチェは何かを懐かしむように遠くを見つめる。


 そして――


「じゃあ、わたしはサルヴァをお兄ちゃんって呼ぼうかな!」


 と斜め上の発言が、可愛らしい桃色の唇から飛び出してくるのだった。





 その後、どうやって屋敷に帰ったのかは覚えていないが、その日のロセット師匠の訓練はいつもにも増して苛烈で殺人的だった。


 俺、無事死亡――

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