第9話 緑炎のロセット

 あれからいったん自宅に戻った俺は、机の上に置かれた輝く宝石のペンダントと向き合い、先ほどの出来事を一人反芻していた。


 エクスペンダント。全能力+100、全状態異常無効。


 この世界でも最強クラスのアクセサリーであり、気まぐれに出会ったばかりの少年にプレゼントするような代物では間違ってもない。


 聖女リーチェ・ストライト。


 一見すると天真爛漫な性格の美少女ながら、何を考えているのかまったく分からない謎多きキャラクター性が大人気だった彼女の正体は、〈天の秘密を唄う使徒〉を名乗り暗躍する秘密結社〈円環の唄〉の幹部である。

 

 彼女の本当の目的は、俺が遊んだ第五作の序盤時点でもいまだ謎に包まれていた。


 だからこそ、俺は彼女がなぜあのようなふるまいをしたのか、ゲームの知識があってなお、まるで分からずにいる。


 このペンダントは、本来であればゲーム第四作目にて、主人公とのボスバトルの末に、主人公に手渡される因縁の品。


 その時の彼女のセリフは、どのようなものだっただろうか……


 うーん、細かいところで記憶が曖昧になっているな。


 確か、キミには資格がある事を認める、みたいな事を言っていた気がするが、思い出せない……


 その記憶が確かなら、このペンダントは彼女が「資格」なるものを認めた証として手渡されるものなはずだ。


 そしてこのエクスペンダント自体には、勇者の資格を証明するもの、というフレーバーテキストが書かれていた。


 という事は、何らかの理由で、聖女リーチェ・ストライトは、俺サルヴァ・サリュを勇者の資格ありとして認めて、先ほどのような振る舞いに及んだ、という事になるだろう。


 もっともこれは現時点で一番可能性の高い推論に過ぎない。


 実際はまったく想定外の理由でさっきのような事をした可能性も十分に考えられる。


 そして、仮にこの推論が正しいとしても、なぜ彼女が俺を勇者として認めたのか、そもそもなぜ俺の狙いがばれていたのか、など謎は数多く存在してしまうが――


「うん、分からないものを考え続けても不毛だな」


 ――という結論に結局俺は至った。


 聖女リーチェ・ストライトについては最大限警戒した方がいいのは間違いないが――


 だからといって、俺に今できる事は実質的には無いといっていいだろう。


 俺はリーチェについて考えるのをやめにして、この後の行動を考える事にした。


 この後の流れとしては、およそ半年後に控えた冒険者学校編の開始が最初のメインイベントであると言えるだろう。


 俺はそこまでに、一定以上の強さを身につけたいと考えていた。


 魔法はある程度鍛えた。


 次に必要になるのは、戦属性魔法、つまりいわゆるスキルとかクラフトとか呼ばれるような戦技を鍛える事になるだろう。


 合わせて、この肉体のレベル、ステータスを向上させることも重要になってくる。


 そうなると……


 俺はこの侯爵家という環境を活かして、家庭教師を雇ってもらう事にした。


「父様、戦属性を教われる家庭教師を雇っていただきたいのですが、難しいでしょうか?」


 そのように父の私室で問いかけると、父上ゴーリスは唖然として咥えていたパイプを取り落とした後、すぐに了承して手配をしてくれた。


「サルヴァ! 素晴らしい心がけだ! お前がそのように努力の姿勢を見せるのならば、儂も協力は惜しまん!」


 デウス主人公たちから見れば悪役の一角でも、身内には優しいらしいゴーリスは、素早く手配を済ませたらしく、その1週間後には、サリュ家の屋敷に一人の教師が訪れた。


「サルヴァさま、教師の方が来られたようです」


 朝食を終えたばかりのリビングで、そのようにメイド、アンジェラに言付けをもらった俺は、応接室に案内されていたらしい家庭教師の元へと向かった。


「はじめまして」


 無感情な声で挨拶する緑髪の少女が、どうやら俺の教師らしい。


 普通におっさんの教師が来るのを想像していた俺は面食らうが、よくよく少女の姿を見て、冷や汗が出てくるのが止まらなくなった。


「ロセット・ジェニです。よろしくお願いします」


 明るい緑色の髪を長く伸ばしツインテールにした特徴的な髪に、無感情そうなジト目をデフォルト装備した美少女は、俺も良く知るキャラクターだった。


 少女、ロセット・ジェニの表向きの姿は、A級冒険者〈緑炎のロセット〉。

 無口ながらも、非常に有能で高い戦闘力を誇る冒険者で、様々な仕事を貴族などから依頼され実行している敏腕だ。


 そんなすごい少女が侯爵家とはいえ一貴族の少年の家庭教師につくというのはやりすぎな人選ではあるが、父上がそれほどまでに息子を鍛えるという事を重視していることの現れとするならば、納得がいく一面はある出会いではある。


 だが俺がびびっているのは、少女の単なる冒険者ではない裏の顔を知っているからだ。


 少女の正体は、秘密結社〈円環の唄〉の幹部、〈火の秘密を唄う使徒〉ロセット。


 れっきとした大犯罪者であり、ちょっと機嫌を損ねただけで相手を焼き尽くしてしまうような、作中でも屈指の極めて危険人物である。


「よ、よろしくお願いしますね」


 びびりながらもなんとか挨拶を返すが、少女は不審そうに、こくりと首をかしげる。


「なぜそのように怖がっているのですか?」


「い、いえ、怖くなんてないです。まったく、ないです」


「そのようには見えませんが……まあいいです、今日からあなたに戦属性魔法を教える事になっています。ちゃんとついてきてくださいね?」


 ついてこなければ殺す、と俺の脳内では変換されてしまっており、このままではコミュニケーションに支障をきたすことは必至。


 なんとか、この少女が表向きはまっとうな冒険者であり、冒険者としての仕事の最中にいきなり殺人を犯す事はないだろうと理性を働かせ、かろうじてまともに見える言葉を返す。


「は、はい! お手柔らかにお願いします!」


 いったいどうしてこんな事に……


 シャイニングスライムを狩っていたあたりまでは上手く行っていたはずだったが、そこから先の怒涛の〈円環の唄〉幹部ラッシュで、俺のプランは既に雲散霧消していた。


 なんでこいつらはよりにもよってこんなタイミングで俺の目の前に現れるんだ!


 そんな叫びをあげたい気持ちを必死に抑えながら、これからの未来を想像して暗澹たる気持ちになるのであった。

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