儀式

「少年は『魔力』とは何か知っているかね?」


「魔力…ですか?

 お母さんからは『魔力』は第二の心臓と教えられてきました」


「ほほう…少年の母上は、なんとも、独特なセンスの持ち主な様だ。

 だが、あながち間違いではないのかもしれない。『魔力』とは、魔人族が主に力を行使する時に使われているものであり、魔人族からして見れば魔力が第一の心臓であり、胸にある心臓が第二の心臓であろう。やつらは魔力が枯渇さえすれば倒すのは容易いが、魔力のが有り余っている個体は殺すことはおろか、倒すことすら困難だ」


 確かに私達がこれまで倒してきた魔族も、魔力が枯渇している個体が多かった。逆に魔力を有した個体を倒すことはできていない。心臓に刃がとどいたとしても魔人族を倒すことはできなかった。


「我々…人間と魔人族の肉体構造はほとんど同じであるが…唯一違うのは、魔人族特有の角や羽があるかどうか」


「そう…なんですね」


「魔人族は、我々人類を見下してはいるが、あちら側についた人類をむげに扱っていないと聞く。

 奴らが何をしたいのか私には分からん。だが、奴らが人類圏に攻め込んできていることには容赦してはいけないのだ!」


 私達にとって、この国は生まれ育った大切な場所だ。それを、壊し回っている。

 それは、決して許されざることではない。だが、相手は魔人族…私達より身体能力が何倍も上の相手に、非力にも無謀な戦いを挑んでいることになる。


「だからこそ、我々人類は魔人族に対抗するために新たな力私が生み出したのだ!

 その力こそ、魔力を術式に変換して使用する。その名も、魔力変換術式概念フィクストコンバージョンだ!」


「名前……あったんですね」


「むむ!そりゃあるだろうさ、なんてったってこの私が発明した力だぞ!」


「なんでそれを早く私達に教えてくれなかったんですか?」


「だって、聞かれなかったから…?」


「はぁ~...」


そのおかげで、私達はこれまで術式という曖昧な呼び方で呼んでいたということを知ると、少しばかり馬鹿を見た気分になってしまった。


「次からそういう大事なことは、ちゃんと教えて下さいね!」


「うむ、理解はした」


 メイストン博士は、理解はしているけど、納得はしていないっていう顔しているが、何がおそんなに気に入らなかったのだろうか?そんな大したことは言っていないはずなのだが……


「まぁ、そんなことより早くやることを済ませた方がいいのではないか?」


「それについて博士の言う通りですね」


 確かにこんなところでゆっくりしている時間はあまりない。それでも、こんなところでゆっくりしているのには訳がある。その一つとして、私の横にいるティアフォルトに目を向ける。


「……」


 緊張しているのだろう。一言も言葉を発しない彼を見て少し不安になってくる。彼自身は大丈夫だと思っているのだろう。

 しかし、不安というものや緊張は他の人にも移ってしまうものだと私は考えている。だからなのだろうか、私も少し緊張している節がある。だから、心配にもなってくる。


「大丈夫?」


「いえ、あんまり大丈夫じゃ…なさそうです。

 今になって何だか...とても緊張しているんだと思います」


「分かるよ…私も初めてこの儀式に参加したとき、とても緊張したから。

 でも、この儀式のおかげで今の自分に向き合うこともできたのかもしれない。この儀式はあなたにとっておおきな一歩になることを願っているわ」


「ありがとうございます」


 今はこれだけの言葉しか交わせないけど、彼が無事に儀式を乗り越えることができたのなら、ティアフォルトは私達と本当の仲間になることができる。

 そこでようやく彼の母親を迎えに行くことができる。


「ふぃ~…ようやく準備ができたぞ!おい、少年準備はいいかね?」


「は、はい!」


 彼の気配に緊張という感情は、もう微塵も見当たらなかった。私の言葉で緊張がほぐれたのか、はたまた自分の意志で緊張をねじ伏せたのか…それはわからないが、今の彼に心配ごとは何もなかった。


「大丈夫です!」


「うむ、その意気だぞ少年!だが、一つだけ注意点を言っておく。この儀式は、まぁいわゆる試練というやつなんだか…それでなんだが、絶対に魔力の住人の話に耳を傾けてはいけないぞ?さもなくば、少年はあちら側の住人になってしまうからな!」


「わか…りました?」


 絶対わかっていなさそうな返事が博士に返る。


「なんのことかわかってなさそうだが、ものは試しだ!あちらについたらわかることだろう。だから…正気な状態で帰って来てくれたまえ」


「え…?」


「じゃあこの構築式の中に立ってくれ!」


「あの…!さっきのはどうい……」


 博士に背中を押されながら半ば強制的に構築式の中に立たされる。


「少年の強い意志なら大丈夫!必ず打ち勝てるはずだ!」


 そこで、彼のの意識は途切れ、体だけが地面に崩れ落ちる。


「はぁ~…本当に良かったのか?あんな子供まで……」


「よくは…無いんだろうね」


「心配なら、なぜここにつれてきた?

 正気で戻ってくるとは保証できないぞ?またあの子のように屍を増やすのが関の山だ」


「でも…それでも、それがあの子の意志だったから」


「そう言って、あの子は死んでいったことをゆめゆめ忘れるんじゃないぞ…君が殺したんだ。今回ばかりはそうならないことを祈っているよ」


「ありがとう…博士」


「……この強がり…母君に似たんだろが、それゆえに脆く危うい。似たもの親子だな」


 最後の博士の言葉に反応することはしない。今は、彼が帰ってくるのを待つだけだ。

 それが、私が唯一できることだから。

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