第33話 お姫様にようやく出会えた
「それと」
モルテさんの声で私は我に返った。今は動揺している場合じゃない。モルテさんからの忠告を聞き逃さないように、私も真剣にモルテさんを見つめる。
「そ、それと……」
「?」
急にしどろもどろになったモルテさんの顔が真っ赤に染まっていく。
「そのドレス、その、良く似合っている……」
「え?」
「勝手に選んで一方的に贈りつけたから、まさか、セリカに着てもらえるとは思っていなかった」
「着ますよ? すごく嬉しかったです! 素敵なドレスをありがとうございます」
「あ、ああ」
モルテさんは、どうしてこんなにも自信がないのかな? 性格もいいし、優秀だし、貴族の跡取りだそうだし、もっと堂々としていてもいいのでは?
「モルテさんって、謙虚ですよね」
「そんなこと、初めて言われた」
「だって、モルテさんくらいの立場なら、もっと偉そうにしてもいいのに」
モルテさんは何か言いたそうな顔をしたあとで、「……そういうことには、興味がない」
とつぶやいた。
「じゃあ、どんなことに興味があるんですか?」
「……」
「やっぱり魔法? あっ薬も作っていましたよね?」
「……」
モルテさんから返事がない。そうしているうちに、パーティー会場についてしまった。
入口に立っていた係の人は、モルテさんを一目見るなり「アルミリエ公爵家のモルテ様ですね」と言い当てる。他の人は招待状を見せているのに、ファルスが言っていたモルテさんの黒髪パスは本当だったのね。
無事にパーティー会場に入ると、その華やかさに目を奪われた。
天井には大きなシャンデリアが輝いていて、柱の装飾や床に至るまですべてが洗練されている。もちろん、この場にいるすべての人が正装して着飾っていた。
「わぁ……」
この中に自分がいることが信じられない。周囲の人達が、こちらを見てヒソヒソと言っているような気がする。
「モ、モルテさん。私、浮いてませんか?」
隣のモルテさんを見ると、驚くくらい堂々としていた。ついさっき、顔を真っ赤にしながら褒めてくれた人は、どこにいったの?
男性陣からは「あれが例の……」とか「アルミリエ公爵家の魔王」なんて言葉が聞こえ、女性達からは「素敵」とうっとりするような声が聞こえてくる。
良かった。私のことは誰も見ていない。
ホッと胸をなでおろしていると、ファンファーレが鳴り響いた。とたんに会場の空気がピリッと引き締まる。
何事かと思った私がこっそりモルテさんを見上げると「今から王族が会場入りするようだ」と教えてくれた。
玉座に座った方が王様で、その隣に座った方がお妃様だよね。お妃様から少し離れた席に座った青年は、王子様なのかもしれない。
王様の隣にも席があるけど、その席に座る人はいない。あれ、お姫様は?
今日の主役のお姫様の姿がない。
王様が短い挨拶を終えると、一斉に拍手が湧きおこった。会場の空気が元に戻り、楽しそうな音楽が流れ出す。
モルテさんが「何か飲むか?」と聞いてくれた。私が返事をする前に、一人の貴族男性が近づいてくる。
「そのみごとな黒髪! モルテ卿ですよね? お会いできて光栄です!」
モルテさんは話しかけて来た男性をチラリとも見ない。それでも、構わず男性は話している。
「まさか、ウワサのモルテ卿がこんなに
私に話しかけてきた男性を、モルテさんが鋭くにらんだ。にらまれた男性は小さく悲鳴を上げ、青ざめそそくさと去っていく。
男性が去ると、ドッと他の貴族達が押し寄せてきた。それぞれ一方的にモルテさんに挨拶をしている。
モルテさんは、顔色ひとつ変えないで、私の手をしっかりと握ったままその場から離れた。そして、人が少ない会場の端へと歩いていく。
「いいんですか?」
「何がだ?」
そう言ったモルテさんは、不思議そうな顔をしていた。
「皆、モルテさんとお話ししたそうにしていましたよ?」
「ああ、そのことか。ああいうのは相手にしなくていい」
「また興味がない、ですか?」
私がクスッと笑うと、モルテさんは足を止めて振り返った。
「ああ、そうだ。興味がない。俺が唯一、興味があるのは――」
最後まで言い終わらないうちに、モルテさんは何かに気がついたように勢いよく窓のほうを見た。
「……なんだ、この異様な気配は?」
モルテさんは、窓と私を交互に見たあと、「セリカ、少しだけここで待っていてくれないか?」と苦しそうに言う。
「俺の側を離れないようにと言ったのに、すまない」
「私は大丈夫ですよ」
モルテさんはポケットから小箱を取り出すと私に手渡した。
「護身用の魔道具が入っている。念のため身につけておいてくれ」
「私が借りていいんですか?」
「貸すのではなくて……。それは、王都に来た土産として買ったんだ。あとでセリカに贈ろうと思っていた。だから、よければ貰ってくれ」
小箱の中には、ブレスレットが入っていた。
「ありがとうございます」
私がブレスレットを身につけたのを見たモルテさんは「すぐに戻る!」と走り去った。
「はい、ここで待っていますね」
モルテさんの姿が見えなくなったころ、またファンファーレが鳴り響いた。
会場の入り口から入って来た女性は、遠目でも目立つ鮮やかな紫色の髪をしている。
お姫様のことをランドルフさんに聞いたとき、紫色の髪にアイスブルーの瞳を持ったとても美しい方だと言っていた。
私は「じゃあ、この方がお姫様」と思わずつぶやいてしまう。
父さんの本に出てくる、私が大好きなお姫様をようやく見ることができた。嬉しくて胸がときめいている。その間も、周囲の人々が一斉にお姫様に向かって頭を下げていた。
そんな中、お姫様は、なぜか会場の中央を通り過ぎ、こちらに向かってきた。
私の前で立ち止まったお姫様の瞳は、透き通るようなアイスブルー。この人がお姫様で間違いない。
その瞳のあまりの美しさについ見惚れていると、お姫様が口を開いた。
「あなたが、あのときの使えない使用人? ずいぶんと化けたわね」
仕えない使用人という言葉と刺々しい声で、目の前のお姫様と招待状を持ってモルテさんを訪ねて来た女性が重なる。
髪の色や目の色が違うけど、よく見るとあのときの女性と同じ顔をしていた。ということは、あのお客さんは、お姫様が変装した姿だったのね。
「まったく、使用人がこんなところまで入ってくるなんて。ゲーディエが教えてくれなかったら気がつかなかったわ」
お姫様は小声でブツブツと何か言いながら、私を上から下まで眺めた。
「まさかあなたが彼のパートナーなの?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったけど、『彼』がモルテさんのことを指していることに気がついて慌てて返事をする。
「あっ、いえ!」
私が父さんの予言を壊すような行動をしなかったら、今ごろモルテさんのパートナーは、目の前にいるお姫様になっていたはず。
お姫様は「そうなのね」とつぶやくと、艶やかな笑みを浮かべた。
「そうよね。こんなにみすぼらしい女が、彼のパートナーなはずないわね」
私は一瞬、お姫様が何を言ったのか理解できなかった。こちらをうかがっていた周囲の人達がクスクスと笑っている。
お姫様も微笑んでいるけど、その目はとても冷たい。
「あなた、よくここに来られたわね? 何を勘違いしているの? さっさと犬小屋に帰りなさい」
この人は、本当に本の中に出てくるあの優しいお姫様なの? 大好きだった人のイメージが私の中で音をたてて崩れていく。
予想外のことに頭が真っ白になってしまい、どうしたらいいのか分からない。そんな私の名前を呼ぶ人がいた。
「セリカ!」
モルテさんが人をかき分け私に駆け寄ってくる。
「何があったんだ!?」
そう聞いてくれたモルテさんに、お姫様が微笑みかけた。
「モルテ様。お会いしたかったですわ」
二人が並ぶと、まるで一枚の絵画のようだった。すべてがピタッと当てはまったかのように少しの違和感もない。
そっか、ここからお姫様と魔王様の恋物語がはじまるのね。
私がこの世界に来たことにより歪んでしまった物語が今、正しいものに戻った。ずっとそうするために頑張って来た。
ようやく出会えた二人は、周囲に他の人がいることも忘れて見つめ合っている。
嬉しいはずの光景から、私は視線をそらした。なぜか胸がかすかに痛んだ。
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