【完結】幸福を呼ぶお姫様と森の魔王~異世界に行った私の帰りを10年間待っていた魔王公爵からの愛が重すぎる~

来須みかん

第1話 お姫様に「犬小屋へ帰りなさい」と言われた

 王宮主催のパーティー会場で、私はずっと会いたかった人にようやく会えた。


 天井で煌めく豪華なシャンデリアや、会場内を彩る装飾がかすんでしまうほど目の前の女性は美しい。


 透き通ったアイスブルーの瞳が、私をまっすぐ見つめている。


 なんて優雅なの……さすがお姫様ね。この物語のヒロインなだけあるわ。


 一応、私もドレスを着て正装しているけど、お姫様の足元にも及ばない。


 私が紛れ込んでしまったこの世界は、『幸福を呼ぶお姫様と森の魔王』という小説にそっくりだった。子どものころ大好きだったお話に出てくるお姫様が、今、私の目の前にいる。


 お姫様の鮮やかな紫色の髪が揺れ、バラの蕾のような唇がゆっくりと動く。幻想的なその様子に私はうっとり見惚れていた。


「あなたが彼のパートナーなの?」


 お姫様が言う彼とは、小説の中でヒロインと恋に落ちる魔王様のことだ。


 魔王様のエスコートを受けて私が会場入りしたので、お姫様が誤解してしまっている。私は慌てて首を振った。


「あっ、いえ!」


 彼の本当のパートナーは、今、目の前にいるお姫様のはずだから。


 お姫様は「そうなのね」とつぶやくと、艶やかな笑みを浮かべた。


「そうよね。こんなにみすぼらしい女が、彼のパートナーなはずないわね」


 私は一瞬、お姫様が何を言ったのか理解できなかった。こちらをうかがっていた周囲の人達がクスクスと笑っている。


 お姫様も微笑んでいるけど、その目はとても冷たい。


「あなた、よくここに来られたわね? 何を勘違いしているの? さっさと犬小屋に帰りなさい」


 この人は、本当に本の中に出てくるあの優しいお姫様なの? 大好きだった人のイメージが私の中で音をたてて崩れていく。


 予想外のことに頭が真っ白になってしまい、どうしたらいいのか分からない。そんな私の名前を呼ぶ人がいた。


「セリカ!」


 背の高い青年が人をかき分け私に駆け寄ってくる。


 長い黒髪を一つにまとめて、優雅な貴族服を着こなしている彼こそがお姫様のお相手。


 魔王なはずなのに、背が高い上に顔が良いので身なりを整えると、もう王子様にしか見えない。ただし、その瞳は魔王と呼ばれるだけあってとても鋭い。


「何があったんだ!?」


 そう聞いてくれた彼に、お姫様が微笑みかける。


「お会いしたかったですわ」


 二人が並ぶと、まるで一枚の絵画のようだった。すべてがピタッと当てはまったかのように少しの違和感もない。


 そっか、ここからお姫様と魔王様の恋物語がはじまるのね。


 私がこの世界に来たことにより歪んでしまった物語が今、正しいものに戻った。ずっとそうするために頑張って来た。


 ようやく出会えた二人は、周囲に他の人がいることも忘れて見つめ合っている。


 嬉しいはずの光景から、私はなぜか視線をそらした。胸がかすかに痛む。


 これで……よかったんだよね?

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