第10話
軍はエレステル西側国境を守るのが主な任務である。
エレステルは北・西・東を三カ国と隣接している。南は海だ。東の王国・イオンハブスとは古くからの兄弟国であり、エレステルの首都・グロニアが極端に国土の東に位置しているのもそのためだと言われている。
対し、西側のジャファルス国とは戦争中ではないが緊張状態が百年近く続いていて、防備を緩めるわけにはいかない。ゆえにエレステルは一定した戦力を切らさないために、五つの大隊がローテーションで国境守備の任務に着く。
「―――つっても、今は第二大隊の持ち番じゃない。国境警備の第五大隊への物資搬入を兼ねた国内パトロールをするくらいだ。とりあえず新兵が参加するのはこれだな。ま、遠足みたいなもんだ」
ウェルバーはつらつらと、頼んでもいないのに解説してくれる。貴族出身という事で仲間意識を持たれているらしい。
「まあなんつーかなぁ、貴族が兵役に就くのは経歴に箔を付けるのが目的みたいなとこあるからな。ジャファルスに接する国境は未だ警戒区域とはいえ、停戦協定も締結してることだし、お気楽なもんだよ………あ、俺は違うぞ? 俺みたいな下級の家柄の人間は出世しなきゃやってられないしな。そんでもって偉いさんとお近づきになるんだよ。わかる? つってもシロモリみたいな高貴な家柄じゃあ、無縁の話かぁ。エラァイ方々とは懇意にしてらっしゃるんだろうし。立食パーティーとか開いてさ」
「そんなのウチではないですよ。父がどうしてるのかは知りませんけど……あ、でもそういえば、この間食事というか、二人で酒飲みましたね、バレーナと」
「バレーナ?」
「王女」
「お前もう勝ち組だよ…」
ウェルバーが項垂れてようやく静かになった。落ち着いたところで、改めて見回す。
「パトロール隊」はアケミを含め総勢十六名、その内新兵は五名。隊長はウェルバー、副長はクリスチーナ。全員軽鎧を纏った準フル装備で、荷馬車を三台引いてひたすら行軍する―――。
「どしてアケミ先輩は鎧着けてないんスか? というか、そもそも服も違うんでスけど」
奇しくも同じ隊に入った新兵ミリムが妬ましく見つめてくる。
「あたしはシロモリというスタンスだから……いや、正直どうかとも思ったんだけど」
鎧は着けず、白を基調としたオーバージャケットにパンツスタイル。上級騎士の礼服と同じラインのデザインで、一目で「いい家の出」だとわかる。下ろしたて丸わかり、ついでに「着慣れていない感」も丸だしだ。
「一応貴族の依頼になってるから、こっちが立てられる格好をしてくれないとな。本来ならさらに馬車に乗っていただくところだが」
ウェルバーの言う事はわかるが、どうにも窮屈でしょうがない。と、クリスチーナが近づいてきた。
「良く似合っているわよ。見惚れるわ」
「からかわないでくださいよクーラさん…」
「フフ。ところで…」
クリスチーナは急に声を顰める。
「どうやってシロモリの後継者になれたの?」
「親父に頼んで」
「それで?」
「…?」
「奥義を伝授されたとか」
「そんなのありませんってば。全く、クーラさんまでミリムと同じこと言うんですか?」
「でも変わったわ。あなたが自覚していないとは思えないけど」
クリスチーナの読みは鋭い。しかし、どうと言えるものではなかった。
「成長してるんですよ」
苦笑いで誤魔化した。
多少剣を重く感じるようになった。それだけだ。
行軍は順調だった。そもそも荷物の移送である。途中、盗賊からの襲撃に注意と言われたが、それも杞憂だったようだ。そもそもこの国では兵士は尊敬に値する存在である。もちろん全員が規律正しい戦士というわけではなく……どちらかといえば荒々しい者が多いが、それでも子供にとっては憧れのヒーローなのだ。普通にしていれば、粗雑に扱われることはない。
しかし、もちろん例外もある―――。
「ワシが誰か知らんのか!? さっさと命令に従え!!」
あと二日で砦に到着するというところで、ウェルバー隊は地方領主のニガード=サマラウンドに呼び止められ、無理難題を押し付けられていた。
「ええ、しかしですね、我々には任務がありまして、一刻も早く物資を届けなければ砦の士気が下がりまして、そうすると国境の守りが危うくなりましてですね…」
さすが下級貴族と自称するだけのことはある、ウェルバーは目上の貴族に対してめっぽう弱い。仕方ないといえば仕方ないのだが……。
ブルドックのようにほほ肉の垂れたニガードの要求は二つ。税の取り立ての手伝いと、別荘から強奪されたという銀食器と宝石類の探索だった。しかし強盗はすでに依頼を受けた砦の兵士が捜索しているし、税の取り立てなど以ての外、軍属の仕事ではない。
だがニガードによれば、
「貴様らが盗人の捜索に手間取っているから、こちらも私兵を使わねばならん。するとどうだ、取り立てが進まんだろうが! 貴様らの怠慢のせいなのだから、責任をとるのは当然だろう!! 部下は女ばかりで隊長は軟弱な若造で、軍は何をやっておる!!」
――これが言い分である。開いた口が塞がらず、さすがのクーラさんも珍しく呆れ顔をそのまま出していた。
と、ぎょろりとした目がこちらを向く。
「貴様はなんだ? 格好が違うが、兵士ではないのか?」
「シロモリの長女、アケミと申します」
「シロモリ…っ!?」
ニガードが動揺する。そこに重ねて言ってやった。
「ごあいさつ申し上げますニガード卿。城中ではお見かけしませんでしたね」
これはウェルバーの失笑を誘った。暗に田舎者と罵られたニガードは今にも爆発しそうに目を見開いて言った。
「シロモリといえばこの国の武芸を支える、戦士の模範となる存在だろう!? 女に務まるのか!!?」
「さて? 修行中の身ですので、まだ何とも」
「なんだその態度は! そもそもシロモリは、前戦にも出ないくせに剣を振りまわして見せているだけではないか!!」
「技術の研鑽と向上が仕事ですから。ご依頼とあらば、そちらの脆弱な警備強化のためにご教授差し上げてもよろしいですが」
「なっ、何ぃ!?」
「それでは、我々には我々の任務がありますので。行きましょうか隊長、副隊長」
「小娘がぁ~っ!!」と背中に罵声が飛んできたが、無視して屋敷を出た。
「意外ね。あんな態度がとれるなんて」
クーラさんが薄く笑う。
「すみません、まずかったですか?」
「ううん、褒めてるの。内心では、いつ剣を抜こうとするのかとハラハラしてたわ」
「さすがにそこまでバカじゃないですよ、ムカつきましたけど。だからいじわるするときのクーラさんをイメージして言い返してみました」
「私!? 私はあんな陰険な言い回ししないわよ! でも、見直したわ」
頭を撫でられて、照れてしまう。
「それにしても隊長は頼りにならないわよね、同じ貴族で年上なのに」
クリスチーナに嘲笑を浴びせられてウェルバーは動揺する。
「き、貴族としての格はシロモリの方が上なんだから仕方ない……向こうもシロモリって聞いてビビってたろ!? 歳っていわれてもな…」
ウェルバーの言いたいことはわかる。あちらから見れば三つ四つの差などあってないようなものだ。
「しかしそれにしても、どうしてあんなに態度大きいんですか? 軍にどうこう口出しできる立場の人間じゃないんでしょう?」
「ああ、あれなぁ……ほら、ここって国境付近だから一応危険度が高いわけじゃん? 加えて砦への生活物資の供給は付近の土地からになる。だから……つまりあれでも守るべき対象であって生命線でもあるから、邪険にできないわけ。悔しいけどな」
「へぇ…」
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