地球をたずねて三千里

雨宮 徹

地球をたずねて三千里

「リュミエール、夜ご飯の時間ですよ!」キッチンからお母さんの声が聞こえる。



「はーい、分かった!」僕は元気よく返事をする。空元気を出して。



 そもそも、この惑星に夜というは概念はあってないようなものだ。だって、ここは地球ではない。太陽光が届くことはなく、便宜上、朝と夜とを使い分けているだけ。



 昔、お父さんに「地球って何?」と聞いたことがある。答えはこうだった。「人類が汚染して、住めなくなってしまった惑星」と。



 それ以来、僕は地球に興味を持った。昔、僕たちのご先祖さまが住んでいたのだ。たとえ、荒廃した惑星であっても、人類にとってはもう一つの故郷だ。



 地球に行く方法はないか、色々な人に聞いたが、みな首を横に振るだけだった。当たり前かもしれない。僕のご先祖さまが、この惑星に辿り着いたのは数億年前。そして、それ以来、人類の文明は衰退してしまった。



 しかし、僕の地球への想いが薄れることはなかった。いつか――いつになるか分からないけれど――地球に行きたい。そして、この目で見てみたい。数億年も経っているのだから、もしかしたら、人類が再び住めるようになっているかもしれない。そんな希望を持った僕は天体観測をするのが日課だった。地球は数百億光年も先、遠すぎて見えないけれども。





 今夜も絶好の天体観測日和だ。僕は芝生に座り込むと、星空を見上げる。今日も変わらない夜空。そんな風に思っていた時だった。一筋の光が闇夜を切り裂く。



 あっ、流れ星だ! 僕はお願いをした。いつか、地球に行けますように、と。





 翌朝。僕は騒音で起こされた。外が何やら騒がしい。



「お母さん、外の騒ぎはなに?」僕は寝癖をつけたまま、リビングに入るなり聞いた。



「リュミエール、昨日の晩の流れ星だけどね、どうやら、この町の外れに落ちたらしいの。みんな、興味津々で朝から大騒ぎよ。まあ、私の興味は『今日の朝ごはんを何にするか』にしかないけどね」お母さんは淡々としていた。



 流れ星! 昨日、お願いをしたものに違いない!



「お母さん、朝食はいらない! ちょっと、そこまで行ってくる!」



「リュミエール、もしかして流れ星のところかい? 気をつけるんだよ」





 流れ星がどこに落ちたかは、はっきりしていた。すでに人だかりが出来ている。僕は人混みをなんとか掻き分けると、流れ星の前にたどり着いた。



 それは、僕がイメージしていたものとは全然違った。四角い形に妙なアンテナ。不恰好としかいいようがなかった。これが、あの流れ星の正体か。もっと、光り輝いたものを期待していただけに、残念でならなかった。




「おお、リュミエールじゃないか。やはり来たか! お前さんは、この町で一番の天体好きだからな」



 隣を見ると、ミシェルおじさんが見下ろしていた。



「ねえ、ミシェルおじさんは物知りでしょ? これ、なーに?」



「これかい? そうだな、ただの流れ星とは思えんな。この形からして、人工物なのは間違いない。宇宙人からの友好のしるしかもしれないし、爆弾かもしれん。人工物であること、それしか分からん。さすがにお手上げだ」



 ミシェルおじさんにも分からないのか。その時だった。後ろの騒がしさが増したのは。



「さあ、一般人は下がってください。ほら、そこ! 触らないで! 危ないから退いて!」



 後ろからやってきたのは、政府から派遣されたであろう、調査団だった。



「ねえ、ミシェルおじさん。この人たちが調べれば、何か分かるかなぁ」



「どうだかな。この惑星の知識では、手に負えないかもしれん。こればかりは、政府の発表待ちだな。近いうちに調査結果が出るだろうよ。リュミエール、首を長くして待つんだな」





 僕は家に戻ると、宇宙について書かれた本にかじりついて、宇宙人の項目を眺める。もし、あれが宇宙人からの贈り物なら、何が入っているんだろう。想像するだけでワクワクする。ミシェルおじさんが言っていた、爆弾だけは勘弁だけど。





 数日してからだった。僕がふとテレビをつけると、ニュースが流れていた。



「えー、先日の流れ星ですが、政府の見解としましては、だと考えています。詳細は調査中ですが――」



 そこで、テレビは途切れてしまった。お母さんの手には、テレビのリモコンが握られている。いいところだったのに!



「リュミエール、お勉強の時間ですよ」



 僕は抵抗しようと思った。一瞬だけど。でも、お母さんを怒らせると、下手したら天体観測禁止令が出かねない。続きはミシェルおじさんに聞こう。そう、それが一番だ。





 町の東にある何でも屋。そこがミシェルおじさんの家だった。何でも屋というから、言葉通りなんでも扱っているが、さすがに地球のものはない。




「おじさん、昨日のテレビ中継、途中から見れなくて。結局、何だったの?」



 ミシェルおじさんの家に着いての僕の第一声だった。



「こらこら。やんちゃ坊主、そう焦るな。ひとまず、そこに座りな。お茶を入れるから、じっと待ってろ」とミシェルおじさん。



「じっと待つなんて無理だよ! ねぇ、あれは何だったの? 過去の人類からのメッセージって言ってたけれど……」



 僕はミシェルおじさんの袖を掴んでせがむ。お茶なんていらない。早く、あれが何なのか知りたい。



「相変わらず宇宙のことになると、周りが見えなくなるな。結論から言おう。あれには昔の人類の映像なんかが入っていたんだ。それも、まだ地球に住んでいたころのな」



 地球時代の映像! なんて素晴らしいのだろうか。



「それで、どうすれば映像とかを見られるの?」



「それがな、近所の図書館に行けば見られるらしいんだが……」ミシェルおじさんが言い淀む。



 近所の図書館。この町からは数キロ先だ。子どもの僕には、到底行けそうもない。



「残念だなぁ、という顔してるな。さて、ここをどこだと思っている? 何でも屋の看板に偽りなし! ちゃんとコピーがあるよ!」おじさんが僕に向かってウィンクをする。



「ミシェルおじさんの意地悪!」



「ほら、そこのテレビで再生できる。思う存分楽しみな!」





 僕はそれから数時間、テレビに釘付けだった。人類の昔の食文化に初めて有人宇宙飛行に成功した瞬間の映像。その時、宇宙飛行士がこう言っていた。「地球は青かった」と。



 果たして、今の地球はどうなっているのだろうか。やはり、お父さんの言う通り、今も荒廃しているのだろうか。それとも、数億年の時を経て、豊かな惑星になっているのだろうか。今の僕にはそれを知る術はなかった。





 流れ星の到来から十数年後。僕は大学を卒業して、独自に宇宙船の開発に取り組んでいた。問題は地球到達まで、どうやって生き延びるかだった。いくら地球に行く手段が出来ても、死んでいては意味がない。コールドスリープという手段があるにはあるが、いざ地球に到達した時に起こしてもらう存在が必要だ。そこで、僕は人型ロボットを作ることにした。名前はミレイユ。





 いざ、出発の日。見送りに来てくれたのはお父さんにお母さん、そしてミシェルおじさんだけだった。町のみんなは僕の発明をインチキだと思っているらしい。



 僕は三人とお別れの握手をすると、ミレイユとともに宇宙船に乗り込んだ。期待で胸を膨らませて。





「ミレイユ、僕は今からコールドスリープする。地球が近くなったら、起こして欲しい。それ以外の時は起こさないでよ」



「かしこまりました、ご主人さま」ミレイユは形式通りの返事をすると、沈黙した。





「ご主人さま、ご主人さま」



 遠くから僕を呼ぶ声が聞こえる。この声はミレイユだ。



「ご主人さま、いよいよ地球まであと少しのところまで来ました。十数分後には着陸します」



 なんと! 地球のすぐそこまで来たのか! 僕は飛び起きると、窓から地球を眺めた。そこに広がっていたのは――荒廃して土色に染まった地球だった。これが、僕の憧れていた地球。そうか、数億年経っても、もとには戻らなかったのか。人類はなんて罪深い生き物なんだろうか……。



「ご主人さま、地球から……地球から生命反応を感知しました」ミレイユが静かに告げる。



 生命反応? この荒廃した地球から?



「ご主人さま、窓をご覧ください!」ロボットのミレイユにしては珍しく、興奮している。



 僕が再び窓の外を見ると、そこにはほんのわずかだが、青い部分が見られた。あれが海というものか。僕は静かに涙を流しつつ、こう呟いた。「地球は青かった」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地球をたずねて三千里 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説