序章  業火転生變(一) 新免武蔵 18


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)⑤


    『鹿賀 3』



「鹿賀、お前は完全に包囲されてる。どこにも逃げ場はない、人質を解放しておとなしく出て来なさい」

 建物外から警官が三階の窓に向かって、ドラマで聞き慣れた台詞を拡声を使い並べ立てている。


 墨田区東陽町駅の程近くにある運転免許試験場の建物は、多数のパトカーにより取り囲まれていた。


 もの凄い数の警官とパトカーのサイレン音とで、辺り一帯は異様な雰囲気に包まれている。

 三階にある学科の試験会場に割り当てられている室内に、いきなり拳銃を持った男が侵入してきたのは午前十時を少し回った頃だった。




「なんだね君は、いまは試験中だ外に出なさい」


〝ぱん〟


 不審者に対して声を掛けた男性試験官に対し、男は無言のまま発砲した。

 額のやや右側を撃たれ、四十歳前後とおぼしき白いYシャツにネクタイ姿の試験官は即死した。


「騒ぐな、声を出したヤツは撃つ。黙って窓際に移り外側を向いて膝を付け、手は頭の後ろで組むんだ」

「キャーッ! たすけてー」

 男がそういった瞬間、若い女性が悲鳴を上げ室外へ出ようとした。


〝ぱん〟

 背中を撃ち抜かれ、女性は前のめりに倒れ動かなくなった。


「脅しじゃねえ、言うことを聞かないヤツは全員殺す。さっさと言われた通りにしろ」

 男が乱入して一分も経たないうちに、二名の命が奪われていた。



 その後の警察の調べとあやふやな本人の証言を合わせると、名古屋での事件以降の足取りは次のようになる。


 鹿賀が朝一番の〝のぞみ〟で東京に着いたのは昨日の午前八時過ぎだった。

 まずは新宿まで移動し、歌舞伎町の漫画喫茶で仮眠を取った。


 午後になり特に腹は減っていなかったが、近場の焼き肉店でビール四本と三人前ほどの肉を食べた。

 その間にもシャブを喰らい、訳の分からないサプリメントを飲んでいる。


 昨夜から常に〝バキバキ〟に極まってる状態が続いていた。


 鹿賀が行き先として選んだのは、むかしふた月半ばかり住んだことがあった錦糸町界隈であった。

 どこでもよかったのだが、たまたま頭に浮かんだ場所がここだった。


 選ばれた街に居た人間が、運がなかったとしか思えない。

 ここから最凶悪な犯行が始まるのだ。



 いったん場末のビデオボックスに落ち着くと、そこで再びシャブを打ち夜が更けるのを待ち繁華街へと繰り出した。


 この時はすでに、正常な考えが出来る状態ではなかった。


 特になにかの当てがあるわけでもなく、ただ本能のまま動いていたのであろう。

 ラーメン屋で食事を済ませると、夜の店を三軒ほどハシゴしめちゃくちゃに騒いだ。

 派手に札びらを切ったお陰で、多少の行状は問題にならずに済んだ。


 深夜も大幅に過ぎ、四件目に入った店で事件は起きた。


 どこか怪しげなその店は、夜中の二時過ぎだというのに多数の客で賑わっていた。

 店員や店の女の様子からして、まともな会計が出てくるとは思えないところだった。

 そんなことにはお構いなしに、ここでも鹿賀は騒ぎまくった。


 ときおりポケットからカプセルを取り出しては、五、六個まとめて噛み砕き酒で喉に流し込む。

 そのうちに隣に座っている二十歳前後と思われる茶髪の娘にも、サプリメントを飲むように強要し始める。


 当初嫌がっていたが、鹿賀のあまりのしつこさと札びらを四、五枚チラつかせると、吊られてしぶしぶ娘は五粒ほどのサプリメントを飲み込んだ。

 それから五分もしないうちに細い身体を痙攣させ、娘が床に倒れ暴れ出した。


 鹿賀はその姿を見ても、なんのリアクションも見せず酒を飲んでいた。

 店員や他の女の子たちが周りに集まり必死に看病し始めるが、娘の動きは激しさを増すばかりだった。


「うるせえぞ! この女どっか連れてけ、酒が不味くなる」

 鹿賀はそんな娘へ蹴りを入れ、鬱陶しそうに怒鳴った。

 娘は口から泡を吹き眼が白目状態となり、急に動かなくなった。


「お、おい。息してねえぞ」

 黒服のひとりが呟いた。


 確かに娘は心臓が止まり、死亡していた。

「きゃー、リョウちゃんが死んじゃってる」

 同僚の女が叫び声を上げる。


 そんな事態になっても鹿賀は、特に慌てた様子も見せず上機嫌で酒を飲んでいた。

「なーんだ? くたばっちまったって? こら、ほかの女付けろ、酒がねえぞ」

 大声で替わりの女を寄越すよう怒鳴る。


 店は騒然となり、係わりになるのを嫌った客たちが次々と店から出て行く。

 店員も支払いをせず帰って行く客を相手にする余裕もなく、この事態をどうするのかで頭が一杯になっていた。


 店長らしき男が選択したのは、警察への通報ではなくケツ持ちの地回りへの電話であった。


 その判断が、この後のさらなる惨事を呼ぶことになる。

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