虚×現
異端者
①遭遇
「そうか……それは気の毒だね」
病床の彼女に、そいつは悪びれる様子も無くそう言った。
俺はその様子を横目でぼんやりと見ていた。
元々こういう奴だ。特に気にすることでもない。
「全く……もう少し心配したらどうなの」
彼女はふくれた顔で抗議したが、その声には力が無かった。本気で怒っている訳でもないせいだろう……多分。
俺と彼女、それからこいつは昔からの遊び仲間だ。こんな状況でなければ軽く談笑でもしていた仲だ……でも今は……
「なあ……本当に心当たり無いのか? あれって確か……輸血とかしないと感染しないんだろう?」
俺は何度も繰り返した質問をもう一度言う。
病名を聞いてからネットで色々と調べた。
感染経路は輸血とか臓器移植とか。しかし、俺が知っている限りこれまでの彼女は健康そのものだった。
「無いわ」
彼女の返答は素っ気ない。いいに加減くたびれた、といった様子だ。
俺が何度もその質問をしたせいもあるだろうが、これからのことに既に疲れているのかもしれない。
どうにも自分が調べた限りでは、その病気は
「やっぱり……」
不意にあいつがつぶやいた。
「何なの? その『やっぱり』って……」
彼女もその意味に気付いたようだ。どうにもこいつは答えを知っているらしい。
「いや……本当は言うべきじゃないんだけど」
どうにも歯切れの悪い、言いたいが言い辛いといった様子だ。
「いいよ……この際だから言ってくれよ」
俺はけしかけるようにそう言った。
「じゃあ……黙って聞いてくれよ」
あいつはやけにゆっくりと口を開いた。
半年前の夏、僕らが「肝試し」をしたことを覚えてるだろ?
そうだよ。あの廃病院でしたやつ。最初は参加する奴が大勢居たが、キャンセルばかりで……当日はここに居る3人しか居なかった筈だ。
そういう僕は元々参加する気も無かったのにさ。お前が人数が少ないから出て来いって……無理矢理に。……というか、お前が本当は怖かったんだろ?
でも一応は主催者だったから、彼女の前で格好も付けたかったから無理に行こうとしたんだろ?
……え? 違う? ……はいはい。先に進めるよ。
……それで、ここからが本題。昼間の日光が強すぎたのか、とにかくあの日は暑苦しくて……なんで夜中の2時に汗だくになってやぶ蚊にさされながら、草ぼうぼうの敷地内を歩かなきゃならないんだと本気で思ったよ。
……うん。そうだろ。君だってそう思ってただろ。
……いや、もちろん原因はやぶ蚊じゃない。
蚊に刺されたからって感染なんてしないよ。熱帯性の蚊だったらマラリアにかかるかもしれないけど。言うまでも無くそんなものここらには居ないしね。
それで、病院玄関の扉が壊れてて開かないから、他の入口を探そうって言って……。こっちは暑苦しい日の深夜に無理に呼び出されて入口を探せって言われて……本当にいい迷惑だったよ。
暑苦しい中、懐中電灯片手に探していたら汗の臭いで蚊が山ほど寄ってくるわで……あの時は本気で殺意を抱いたね……うん、もちろんお前に、だ。
それで、歩くこと30分……ようやく、ある病棟の窓が開いてるの……と、いうよりもちょうどガラスが綺麗に無くなってて入りやすそうだと気付いたんだった。確か、最初に気付いたのは君だった筈だ。……そう。奥の方の、敷地の外からは見えにくい位置にあったヤツ。
それで、一人ずつ順番に入ったんだったね。最初がお前で、次が君、最後が僕という順番で。
あの時、中に入ってすぐに感じた印象は生臭い、何か……人間の体臭のような……それと生暖かさ……何ていうか、電車でさっきまで人が座ってたところに座った時のような……そんな感じだった。
床はガラスが所々に散らばってて、きしむような気がして……君はあの時本気で泣きそうだったよね? 違う? いや……そうだった。
それで「もう十分だから帰ろう!」って真っ先に言い出して……でも、お前はそうじゃなかった。「せっかく来たんだからもう少し探検していこう!」と言って聞こうとしなかった。
正直僕もあの時は逃げ出したくて、彼女の考えに同意してた。でも、君は「幽霊病院」の探索を諦めようとしなかったよね。
……あの病院。今では取り壊されたけど、あの時は有名だったからね。県外からもその手のマニアが来てたとか……けど、今思うと、僕らにとっては「度胸試し」の意味合いが強くて、本当に居ない方が良かったんだろうね。
「つまり、お前はあの時、『アレ』を見たことが病気の原因だって言いたいのか!?」
俺は声を荒げて言った。……馬鹿げてる。アレが……幽霊が病気の原因!?
あいつはゆっくりと首を縦に振る。
「まあ、おおむね正解だよ」
「『おおむね』?」
彼女は不安と疑問が入り混じった表情であいつを見た。
「そう。実はそれだけじゃ無かったんだ。……もっともあんまり楽しい思い出じゃなかったから、こんなことにならなければ黙っておく気だったけどね。」
あいつは窓の外を見ていたが、その目はどこにも焦点を結んでいないように見えた。
ベッドの脇にある花瓶の花が風で元気なく揺れていた。
そう。アレを見たこと。……それが、この病気と関係があるんだ。……おいおい、そう急かすなよ。順を追って説明するよ。
あの後、お前が彼女をひきずるような形で無理矢理に奥に進んでいった筈だ。
時々、ガラスの欠片を踏んで不快な音を立ててた。
そのうち、奥の2階に登る階段の前まで来て……君は少し泣いてたよね? 「もう帰りたい!」って、それでもお前は聞かなかった。かくいう僕も、彼女と一緒にここで待ってて、1人で行かせるのもどうかと思ったから結局3人で一緒に2階に上がって……そうだよ。「あの」病室だ!
それから、僕らは2階に上がってすぐの病室の一つに入った。確か……ドアは外れて床に落ちてたよね。
その病室に3人とも入って懐中電灯でぐるっと見渡して……個室で、ベッドに大きなしみ……赤黒いしみ……それが小さな人の形に見えて……見ているうちにそれがゆらゆら揺れだして……良く見るとベッドの布は揺れていないのにしみだけが揺れてて……懐中電灯が瞬いて3人同時に切れて……スイッチを幾ら入れてももう点かなかった。
それで、いつの間にか僕らは暗闇に立ち尽くして居た。窓がある筈なのに異様に暗かった。
部屋中が陰に覆われている、闇……完全な闇……それに隙間が見えて……陰が蠢いていることに気付いて……それに気が付いたとたん、陰が人の形に見えた。僕らは既に「影」に包囲されていたんだ。
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