第37話 強行突破でいこう

 当日の夜はすぐにやってきた。自分の胸に手を当て、準備万端か問いかけてみれば、答えは「やるだけのことはしたつもりだが、心配は尽きない」だった。どんなにイメトレに励めども、やはり脳内シミュレーションにすぎず、直の体験には遠く及ばない。それでも、匠さん不在という大きな穴を少しでも埋めるべく僕は心に活を入れた。

 事務所から向かう車の運転席にはマリアさんがいる。大文字さんと一緒に見送る側についた匠さんの表情からは感情が読めず、「事故るなよ」とマリアさんを冷やかしている。

「女の運転は下手って考え、今時古いわ」

 匠より上手いのよ、と自分で太鼓判を押したマリアさんの運転は確かにスムーズだったが、免許を持っていない僕と綾見には残念ながら甲乙つける基準すら持ち合わせていなかった。

 大桟橋周辺の時間貸駐車場に停止し、僕と綾見は小さくなってマリアさんの後に続く。時刻は深夜、いつものように高校生の僕らは身分だけで目立つ要素は十分だ。

 大桟橋の正面入り口ゲートが見える物陰から入り口を確認する。ゲートには男性警備員が二人、やる気は感じられないが、しっかりと立ちはだかっていた。

「どうするんですか?」

 昨日、境界線を見つけた後、マリアさんは「侵入方法は私に任せて」とだけ言って、いくら手伝うと申し出ても、最後まで具体的な方法は教えてくれなかった。

「……学生は真似しちゃダメだからね」

 マリアさんはそう言いながら自身が背負うバックパックを物色し始めた(依頼品の入ったバックパックを背負うのはもちろん今回も僕の仕事だ)。

「それは?」

 横から綾見が身を乗り出す。暗くてマリアさんの手元はよく見えないが、紙の箱を取り出していた。

「! ……人に向けて使うんですか?」

 先にピンときたのは僕だった。綾見は箱から出した中身を見てもそれが何か分からないようだ。無理もない。女の子向けの遊び道具ではない。

「そこまでするつもりはないわ。注意を逸らすだけ」

 マリアさんが警備員の注意を逸らすべく持ってきた道具は爆竹だった。破裂音は強烈で、警備員の注意を逸らす効果はてきめんだろう。一方で他の人を呼び寄せる危険性もあるのではないか。そんな僕の心配を見通したように、マリアさんは続けて言う。

「心配しなくても平気よ。万が一応援が駆けつけてきても私が時間を稼ぐから。あなたたちはこれを被ってとにかく走ること」

 次にマリアさんが取り出したものは顔全体を覆う目出し帽だった。

「完全に犯罪者の格好ですね……」

 爆竹の意味を知り、目出し帽を被った綾見がぽつりと呟いた。気持ちは分かる。突入方法、外見ともに悪役のそれだ。 

「我慢して。監視カメラだってあるのだし、世間から理解されない仕事をする者はいつだって正体を隠して生きるのよ」

 マリアさんの意見に僕は賛成したい。悪役よりも、アメコミのダークヒーローを意識した方がモチベーションは上がる。

「私は別にどっちでもいいです。とにかく、全力で駆け抜けます」

 割り切った様子の綾見を見て、マリアさんが頷いた。

「騒ぎになって人が押し寄せるより先に、最低人数を相手に抜けましょう」

 マリアさんの作戦に反対する理由はなく、僕たちは、時間ギリギリまで待って行動することに決めた。

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