第36話 光の筋
翌日、僕たち三人は下見として大桟橋にやってきていた。いつもは匠さんがしてくれていたが、不在である以上は誰か他の人がしないといけない。マリアさんは一人で平気だと言ったが、僕と綾見は食らい付いて同行を許可してもらった。もっと早くこうするべきだったと思ったが、後悔しても仕方がない、今後は全てに同行するつもりだ。
「大桟橋って言われてもねぇ……、もう少し絞ってもらいたかったわ……」
念のための周辺からということで、桜木町駅から下車して向かったが、大桟橋に着いた頃にはマリアさんは嘆息していた。これには僕も同意だ。
「指定された範囲が広い気がするんですけど。何かあるんですか?」
「ん~、大文字さんも連絡を受けただけみたいだから、依頼人次第なんじゃないかしら」
「星を運んでほしいっていうくせに、なんて適当」
綾見は信じられないといった表情で呟く。
「まぁまぁ、決めつけるのは良くないわ。境界線自体が大きい場合も指定範囲は広くなるみたいだから、今回はそれに該当するのかもしれないし」
マリアさんに諭されて綾見はしゅんとしたが、すぐさま気を取り直し、
「だったら見つけやすいですね」
前向き発言で気を取り直した。しかし、そんなマリアさんの期待も空しく境界線は大桟橋の中にあるホールをぐるりと一周しても見つからなかった。
「視えた?」
僕の問いに綾見は首を振る。
「ダメ、ここじゃないのかも。あとは上か出入国ロビーの奥だけど……」
出入国ロビーはゲートを潜る必要があるのでハードルが高い。だったら。
「先に上を探しましょう」
マリアさんに促され、僕たち一行は屋上に足を向けた。
週末は人で賑わう屋上も、平日の昼間、梅雨のじめじめ、停泊している船も無し、おまけに雲行きすら怪しい四点セットが揃ってしまうとさすがに人は疎らだった。ちなみに、僕と綾見は学校をサボっている。制服で事務所まで向かい、事務所から学校に風邪を引いたと嘘の電話を入れてから着替えてここまで着ている。成績は別に悪くない、一日くらい休んだって文句は言わせないと自分から強引に付いて来たものの、見晴らしの良い場所に来ると少しばかり罪悪感に苛まれる。
「サボったって実感しているでしょう?」
見透かしたようにマリアさんが言った。
「……図星ですけど、どうして分かったんですか?」
「表情見れば分かる――と言いたいところだけど、実体験よ。私もそうだったから」
「マリアさんも高校生の頃からこの仕事をしていたんですか?」
「私は高校三年生の頃、受験生だったのに、我ながらよくサボったと思う」
海を見つめるマリアさんの瞳には当時の光景が見えているのだろう。
「匠さんもいたんですか?」
「いたわ。匠は受験するつもりがなくて、いつも気楽そうでムカついたわ」
「伯父さんもいたんですか?」
この質問は綾見から。
「いたわ。当時は現役で、大文字さん、匠、私の三人でこうして境界線を探し回っていたものよ」
懐かしそうにマリアさんが笑う。
「そうそう、恭子ちゃんの話を少し聞いたこともあったかな。幼稚園に入園した姪っ子が可愛いって連呼してた。――当時は見たことなかったけど、本当に可愛かったのね」
「お世辞はいいですからっ」
綾見が顔を赤くする。
「あの時から今日までの日々は一瞬のように感じていたけど、高校生になった恭子ちゃんを見ると時間の経過をつくづく感じる。――はい、昔話はこれまで。雨が降り出す前に境界線を見つけちゃいましょ」
もっと聞きたいうずうずを堪え、僕と綾見はしぶしぶ探索に戻った。しかし、目を凝らしながら一歩一歩ゆっくりと歩を進めたにもかかわらず、境界線は簡単には姿を現してくれなかった。
手すりから身を乗り出してエプロンを確認してみても、それらしい光は視えない。
「どこだ……?」
やはり出入国ロビーを越えた場所にあるのか、その考えた頭をよぎった矢先、
「あっ」
大桟橋の先端から海を眺めていた綾見が声を上げた。
「視えたの!?」
すぐさま賭け寄り綾見の視線を辿る。辿った先は――。
「海の中?」
マリアさんの問いに綾見は視線を変えないままこくりと頷く。
「最初は光の反射かと思いましたけど、たぶん間違いないです」
手すりから身を乗り出して目を細める。曇天模様ではあるが、海は僅かな陽光を反射してキラキラと煌めいている。
「よく見つけたな……」
僕の目はまだ境界線を捉えていない。
「波に惑わされないで、よーく視て。ほら、光の筋が一本に繋がっていない?」
「……………………あっ」
視えた。波を意識しないで海の中に視線を集中すると、綾見の言うとおり、沖の方から大桟橋に至るまで光の筋が一本、地割れのように歪な形をして海の中を走っていた。大桟橋に来るまでにマリアさんが話したように、今回の境界線は今まで視た中でも最大規模だ。
「デカい」
出てきた感想は大きさに反して随分と貧相で恥ずかしいが、デカいに尽きる。狭間の世界との境界が開いたら、いったいどれほどの光が辺りを照らすのか。
「恭子ちゃん、お手柄」
マリアさんも驚きを隠そうとせず、まじまじと海面を眺めていた。
「場所は分かった。あとは当日、どうやってここまで潜り込むか、ね」
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