第25話 生きている依頼品
僕と綾見は大文字さんの脇をくぐり抜けて依頼の品を近くで見ようと机へ駆ける。青みがかったワインの瓶。中身は――、
「ひっ」
小さな悲鳴とともに綾見の足が止まった。
瓶の中身は液体ではなかった。
爬虫類を苦手としない僕は机にかじりついて目線の高さを瓶底に合わせる。小さな口から舌がチロチロと出たり入ったり動いている。
「……生きてる」
「依頼品が死んじゃったら責任とれないから注意してね」
ソファに腰掛けているマリアさんからの注意喚起。ビンに伸びかけた僕の手が止まる。
「いつ届いたんですか?」
手を引っ込めて僕は訊いた。
「二時間ほど前だ。連絡できなくて済まなかったな」
「別に責めるつもりで訊いたわけじゃ」
大文字さんからの予想外の返しに慌てる。
「こんなに突然なんだなって驚いただけです」
「分かっているとも」
大文字さんはケラケラと笑う。
「あの、毒とか大丈夫なんですか?」
事務所の入り口まで後退していた綾見から質問が飛ぶ。
「そもそも瓶の中にいるんだぞ、恭子はビビり過ぎだ」
「答えになってない!」
「……知らん。だが安心していい。見てみろ、瓶にはしっかり栓がしてある。空気穴くらいしかない」
大丈夫よ、というマリアさんの後押しもあり、ようやく綾見は僕らの輪に加わった。
「……小さくて可愛いかも」
蛇を誰よりも近くで観察する綾見は早くも順応していた。
「ところで、匠さんは? 寝ているんですか?」
僕は仮眠室の方を見ながら聞いた。この一ヶ月、不在にしている日も当然あったが、今日のように依頼品が届いた日にいないのは不自然に感じた。大文字さんがまだ連絡していないのだろうか。
質問に答えてくれたのはマリアさんだった。
「匠なら、下見に行っているわ」
「下見?」
「そうよ、今回開かれる彼方へ通じる境界線の下見に行っているの」
マリアさんが呆れたような声を出す。
「……下見したらダメなんですか?」
怒りのオーラを感じて縮こまりながら質問すると、マリアさんは苦笑した。
「下見は悪いことじゃないわ。準備は大切だからね。匠のことだから心配はしていないんだけど、余りにも喜々として出て行ったものだから疎かにしていないことか……」
話が見えてこない。僕と綾見の頭上に疑問符が浮かぶ。
「次に開く境界線は、匠が贔屓している球団のホーム球場のすぐそば。下見もそこそこ、きっとビール片手に観戦するつもりよ」
後ろでは、大文字さんが俺も行きたかったと嘆いていた。
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