第24話 依頼2 蛇
図書館の一件から一ヶ月が過ぎた六月、水曜日。梅雨入りして雨が降り続き、教室の中はじとじとしていて僕は授業に集中できていなかった。
席替えで教室の後方になったことをいいことに、教室中央にある境界線から漏れる微かな光をぼんやりと眺める。『継続は力なり』とはよくいったもので、その場所に『ある』と知ってしまえば、目を凝らさなくても僕の眼は彼方の世界との境界線を意識せずとも視えるようになっていた。
僕が座る窓際の席からちらりと廊下側に目を向けると、綾見の視線も黒板ではなく境界線に向かっていた。GWの図書世界を思い出しているのだろうか。僕は小さくため息をつく。――あの一件以来、僕らは『あちらの世界」に行けていない。
入学当初の独特の緊張感も一ヶ月も経てばすっかり消えてなくなり、クラスメイトとも一通り言葉を交わした今では綾見と教室で会話することも異常事態とはみなされなくなった(当然、綾見の許可が下りるまで待った)。
「視てたでしょ?」
休み時間、綾見からの囁き声の質問に思わず「どっちを?」と返しそうになったが踏みとどまり、
「ついつい目がいくのは綾見も一緒だろ?」
僕と綾見の視線が境界線に向かい、ため息が重なった。
「次はいつなんだろう?」
「大文字さんから何か言われてないの?」
綾見は首が振ると、少し遅れて髪の毛が左右に泳いだ。
「おじさんとは事務所でしか会わないの。話す時間は二見くんと変わらない」
「届けるべき媒体がなければ繋がらない、行きようがないって説明はもちろん分かるけど、…また行きたいよなぁ」
僕と綾見は大文字さんから定期券を渡されており、放課後になると事務所に通う毎日だ。依頼があればスマホで連絡すると言われてはいるのだが、バスに揺られるたびに「もしかして」と勝手に妄想が膨らんでしまう。今のところ空振りの毎日、専ら街を練り歩きながら境界線を見つけ出す訓練に費やしている。事務所と学校はそれなりに距離があり、行動範囲がズレているおかげでクラスの誰かに目撃される事態はいまのところ幸いにしてない。
「だねぇ」
綾見の視線はぼんやりと宙を漂っていた。図書館の一件は僕らにとってあまりにも刺激が強かった。テレビ番組やみんなが精を出す部活が色褪せて見えているのはもう自覚している。一度味わってしまっては、もう戻れない。
放課後のバス車内、変わらず綾見と少し離れた席に座り、スマホを覗いてみたが連絡はないままだった。それでも「今日こそは」と勝手な期待を抱きながら窓ガラスの先から境界線を探す日課に取りかかった。
「来たな」
事務所の入り口で僕と綾見を出迎えた大文字さんの大きな身体の後ろ、仕事机の上に昨日までなかった何かが置かれていた。
「――あれって!」
挨拶もせずに大文字さんの顔を見ると、大きな顔に備え付いた、同じく大きな口の両端がにんまりとつり上がった。
「待たせたな、次の依頼だ」
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