第22話 彼方の図書館 返却完了
「これでいいのかな? 思いの外あっさりした結末」
「だね」
僕の呟きに綾見が苦笑する。
戻した本をしばらく眺めていたが、何も起こりそうになかったので僕たちは匠さんたちの場所に戻ることにした。幸いにも綾見が読み上げた本の効果は継続していて足は本棚に吸い付いたままでいてくれる。大丈夫そうだねと綾見とほっと一息ついて歩き出してつかの間、十メートル程度歩いたところで不意に本棚に向いていた重力がそっぽを向いた。本の効果が切れたと考えが至るよりも先に、万有引力の法則が例外は認めないと主張するかのごとく僕と綾見を本来の地面に向けて真っ逆さまに落としにかかった。
ごおっと響く風切り音の中で、僕は自分の悲鳴を初めて聞いた。みるみる地面が近づいてくる。ダメだ、死――と思った刹那、空中ではあり得ない衝撃が身体に響いた。衝撃で頭がガクカク揺れて目を開いていられない。でも、声は聞こえた。
「――だから言ったろ? 新しいことに全員が同時に試したらダメなんだ。予期せぬトラブルに備える誰かが必要だ」
ゆっくりと目を開く。地面が見えたが落下の感覚はない。目だけ動かすと綾見の顔が見えた。顔面蒼白だが、安堵の色が頬に差しかけている。僕の顔もたぶん同じだ。
僕と綾見は颯爽と跳んできた匠さんの両脇に抱きかかえられていた。
静かに地面に着地すると僕と綾見は真っ先に思い切りマリアさんに抱きつかれた。
「怖い思いさせてごめんね! 大丈夫? 痛いところない?」
目を潤ませて心配するマリアさんに大丈夫と答えていると、知らないうちに足の震えは止まっていた。
「ほんとに大丈夫ですから」
冷静になってくると、美人な女性に抱きつかれている恥ずかしさが先行して僕はマリアさんから逃げるように離れた。
「匠さん、助けてくれてありがとうございました」
遅れてしまった感謝の言葉、僕と綾見は思い切り頭を下げた。
「可愛い後輩を助けるのは先輩の務めだ、気にすることはない。そんなことより目的の達成、よくやった」
下げた頭に匠さんの大きな手が乗る。
「依頼品はあるべき場所に戻った。ペニーに確認したが、本も繋がる世界を思い出したとのことだ。もう迷子本じゃない」
ペニーを見ると、彼はゆったりと首肯した。
「本も館長も、もちろん私も喜んでおります。全員を代表して感謝の意をお伝え申し上げます」
僕と綾見は顔を見合わせ、互いに照れ笑いを浮かべながら小さくガッツポーズした。
「帰るぞ」
匠さんの号令で僕たちは帰路についた。ペニーの案内による最短距離だったが、それでも数キロは歩くはめになった。マリアさんが見つけた『跳ねる』本を使いたいところだが、当然持って帰るわけにもいかずそれは叶わなかった。でも苦にはならない。興奮覚めやまぬ僕と綾見はずっと喋りっぱなしだった。
境界線は図書館の通路の中でぽっかりと口を開けて僕たちを待っていてくれた。
「お世話になりました」
マリアさんの言葉に続けて僕たち一同ペニーに頭を下げた。
「こちらの台詞です。もし機会があれば、またお会いしましょう」
「本、迷子にならないといいですね」と綾見。
「残念ながら今後も続いていくでしょう。彷徨ってでも読まれたいというのはもはや本の性ですから」
ペニーの返しに綾見の眉が少し下がる。
「ですが悲観はしていません」
ペニーは言葉を続ける。
「もし迷子になっても、貴女のようなお優しい方がきっと戻しに来てくれますから」
「――必ずっ!」
綾見の返事にペニーは満足そうに両翼を羽ばたかせ阿修羅館長が待つ図書館の奥に帰っていった。
「俺たちも帰ろう」
此方と彼方の世界の狭間に在る図書館に背を向け、僕らは境界線に踏み入った。
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