第20話 天地逆転2
匠さんから戻された本を覗き込んだまま綾見は言った。
「できると思うんです」
「でもさ」
心配になり僕は横やりを入れる。
「仮に本のタイトルのとおり天地が逆転したとして、本棚だって天井に向かって落ちるわけだろう? 結局は変わりないんじゃないか?」
「心配には及びません」
助け船を出したのはペニーだった。
「当館の本棚はすべて天井まで届いているので、逆さまになろうとも甚大な被害は生じません」
「それも問題ないと思う」
綾見が説明を続ける。
「はっきり読めはしないけど、効果が及ぶ範囲は私たちだけになる、はず」
「分かった、試してみるといい。今度はお前たちの番だ」
え、と僕と綾見が同時に反応した。
「僕と綾見だけで、ですか」
「何か起きたとき、全員が巻き込まれていたら誰が助けるんだ?」
匠さんの返しは至極もっともだ。
「……何かあったらごめん」
辰巳さんとマリアさん、ペニーが少し離れた場所で僕たちを見守る中、本を睨んだままの綾見がぽつりと零した。
「謝る必要なんてないよ」
「だけど怪我でもしたら……」
「さっきの匠さんのジャンプ、正直凄く羨ましかった」
「? 急にどうしたの?」
「僕もこの世界の不思議現象を体感したくてしょうがないってこと。天地が逆転するんだろ? 怪我の心配よりワクワクしてる。綾見は違う?」
「それは――確かにそうだけど」
「綾見は本を読む。僕は光の場所に誘導する。持ちつ持たれつだから気にしなくていいんだよ」
匠さんの言葉を借りて説得すると、綾見はしぶしぶ頷いた。
「じゃあ、読むよ? 身体がどういう風になるか分からないから、しっかり捕まっていてね」
「邪な気持ちがないこと誓うから許してな」
あらかじめ言ってから、僕は綾見の読書の邪魔にならないよう彼女の背中に回り込み、非常に躊躇いながら、ゆっっっくりと彼女の腰に手を回した。頭のてっぺんが僕の鼻にぶつかるくらいの身長差。少し頭をずらして後ろから本を覗き込んでみたが、相変わらず僕には読解不能の記号の羅列だ。
「ん」
綾見のくぐもった声に僕は瞬時に距離をとった。
「何か気持ち悪いことした? 本当ごめん!」
腰を直角に折って頭を下げる。キモいと思われたくなくて必死だ。
「違うのっ、二見くんの息が耳にかかってくすぐったかっただけだから」
僕に感染してか綾見まで必死になって否定してくる。
おずおずと近づき、
「もう一回……大丈夫?」
お伺いを立てる。
「うん。ただし、できれば息がかからないようにしてもらえたらありがたいかも。あと、腰に当てた手だけど、もっと力をれていいよ。むしろ当たるか当たらないかの距離にされた方が意識しちゃうから」
「――わかった」
僕は眼鏡をはずして息を止め、それなりに力を込めて綾見の腰に抱きついた。――ウエスト細い、髪の毛サラサラといった不純な情報は可能な限りカットする。
「こっちの準備はオーケイ」
「それじゃあ――」
以降の声が聞こえない。口の動きは僕からは見えないが、綾見が本を読み上げ始めたのが分かる。
「 」
「 」
「 」
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