第8話 彼方屋

「恭子、信じてもらえたか?」

 ソファの背もたれに身を預けた大文字さんが言った。

「……あんな凄いもの見せつけられたら信じるしかないよ」

 綾見の声は少し震えていた。

 彼方の世界? は、大文字さんの手首が見えない空間から引っこ抜かれたと同時に消え失せていた。視えていた宙に恐る恐る手を伸ばしてみたが、僕の手は空しく宙を掴むだけだった。

「二見くんはどうだ?」

 大文字さんの問いかけに僕は自信なく頷いた。神原さんに自分の目を信じろと言われたが、信じられない光景を目の当たりにしてしまい、その自信は大いに揺らいでいる。

「一つ質問してもいいですか?」

僕の言葉に大文字さんは頷いて先を促した。

「あんなに凄いこと、今日初めて会った僕に見せてしまってよかったんですか? 僕が誰かに話してしまうとは思わないんですか? この世界とは違う世界があるなんて、大発見どころの話じゃないですよ」

 真剣に心配しているというのに、肝心の大文字さんは大笑いして膝を叩いていた。

「いや、すまん。せっかく心配してくれているのに笑うなんて失礼だ。……全く問題ないさ。さっきの光景も、視えない奴にはどうやっても視えん。視えない奴にいくら説明しようと、頭のおかしい奴と白い目で見られるのはこちら側だ」

 大文字さんの一連の動きを思い出す。仮にあの光景が視えなかった場合――ごもっとも、滑稽でしかない。

「どうやら納得してくれたようだな。そう、あれは俺たちにしか視えない世界。だからこそ視せた。――では次に、俺から質問してもいいかな」

「もちろんです」

「君は彼方の世界を視てどう思った?」

「どう、とは?」

 僕は質問の意図を掴み損ねた。

「怖そう面白そう、そういうものだ」

「…………」

少し考えて、答える。

「――好奇心、です」

「ふむ」

「光る紙を見つけてから、なんで光るのかそればかり考えていました」

「それで?」

 大文字がソファの背もたれから身を乗り出す。

「綾見さんにこの場所へ連れて来られて、大文字さんにあんなものを見せられて、正直言うと、みんなから凝ったいたずらを受けているかもとか、やっぱり自分の目がおかしくなってしまったのかもとか、いろいろ疑心暗鬼です。だけど、最終的に残った感情は光る理由を知りたがったときを同じで好奇心」

僕はローテーブルに置かれたままの光る紙を手に取った。

光る紙これは、僕を知らない世界へ連れ出してくれる招待状のように今では思っています」

 問いに対する答えに最初に応じたのは隅に控えていた神原さんからだった。

「大さん、俺は彼を気に入りましたよ。臭い台詞を大真面目に言える奴は大好きだ」

「奇遇だな、俺もだ」

 呼応して大文字さんが親指を立てる。臭い台詞を言ったつもりは毛頭なかったが、なんだか急に恥ずかしい。

「確認するが、今の答えはここで俺たちの仕事を手伝ってくれると受け取っていいんだな?」

 そんなの、決まっているじゃないか。

「はい」

 疑心暗鬼は晴れていない。でも、それ以上に好奇心を抑えられない。

「綾見さん、ごめん。せっかく僕を気遣って怒ってくれたのに結局勝手に決めちゃって」

「いいの」

綾見は首を横に振った。

「私も二見くんと同じ気持ちだから」

「二人とも上出来だ!」

 唾が飛んできそうな勢いで大文字さんは叫んだ。

「ここは彼方屋、この世界に迷い込んだ品物を彼方へ届ける配達屋だ。我々は君たちを歓迎する」

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