第6話 世界との摩擦

 ちらりと横目で綾見を伺うと、「は?」と理解が追いついていない――僕と同じ――顔をしていた。

「繰り返しになっちゃいますけど、本来この世界にはないものだから光っている、ということですか?」と僕。

「そうだ。世界との摩擦で輝いて視える」

「からかっているわけじゃない?」

綾見が続けて質問。

「一ヶ月も待たせた相手に嘘を付いてどうする」

「はいそうですかと納得はできませんけど……もう一つ質問していいですか?」

「もちろん」

「どうして光っていることに僕らしか気付かないんですか?」

 光る理由と同等に訊きたかったこと。僕と綾見以外学校で気付いた人はいないと思う。

「恭子、どうだった?」

大文字さんは姪に水を向けた。

「一ヶ月観察して、二見くん以外に気付いた様子の奴はいたか?」

 綾見は首を横に振る。

「部活棟に貼っていたから帰宅部の生徒は見ていないかもしれないけど、うちの学校はほとんどの生徒が入部しているって担任の先生も言っていたから……ほぼ全員がこの紙の前は通ったことがあると思う。……だけど、気付いたのは二見くんだけだった。どうして私たちにしか視えないの?」

 綾見の質問に大文字さんは腕を組んで唸った。

「なぜ視えるのか。白状すると俺にもよく分からん。『目が良いから』。理由を挙げるとすれくらいだ」

「僕、眼鏡なんですけど……」

 掛けていた眼鏡を思わず手が触れる。

「視力の問題じゃないさ」

 大文字さんは笑いながら僕の肩を叩いた。

「彼方の世界を視る力に長けているということだ。別に珍しい話じゃない。数万人にひとりくらいは視えるんじゃないか? まぁ、大半は偶然視えたそれを目の錯覚として終わらせてしまうけど」

「さっきから出てきますけど……彼方の世界っていうのは具体的には何なんですか?」

「そうだな……」

 大文字さんは光る紙を掴み、僕らの眼前に持ち上げた。

「彼方の世界というのは、簡単に言えば異世界だ。別に驚くことはない。たくさんの宇宙が存在している可能性があるって化学番組とかで見たことないか? 事実あるんだ。視えないだけでな。その異世界のことを、彼方の世界と呼んでいる」

 僕たちの薄い反応をものともせず、大文字さんは続ける。

「でだ。実は俺たちが暮すこの世界には彼方の世界のモノが何かの拍子で迷い込んでしまうときがある。俺たちはそういったモノを本来の世界へ送り届けることを生業にしている。そして恭子、二見くん、お前たち二人にも普通では視えないはずの異世界のモノを視る力がある。その力を活かして俺たちの仕事を手伝ってもらいたい」

 どうだ? と大文字さんは期待の眼差しで僕たちを見つめてくる。巨大な身体が重圧になり、僕の背中がソファの背もたれにずぶずぶと埋もれていく。

「ちょっと待って!」

 綾見の張った声は、有無を言わさずに決まってしまいそうな流れに吞まれてなるものかという意思が入っていた。

「伯父さんは突然過ぎ! いきなり手伝えって何? そもそも今の説明だってまるでおとぎ話じゃないっ。はいそうですかって信じられると思っているの? 姪の私にだけならともかく、二見くんの前で何言ってるの? 変な奴って思われたら私の学校生活にまで支障が出るんだよ? 意味分かんないよ」

 いや、別に学校で噂するつもりはないよ。と口を挟める空気ではなかった。クラスメイトの女の子が怒気を露わにするシーンなんてそうそう巡り合う機会はなく、目を見開く大文字さんと同じくらい僕も驚き、固まってしまった。

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