第39話

「昨日の事、トリスから一応報告はもらってる。チトセさん、歪みを正すのは割と簡単にやってのけたらしいんだけど、その後どっと疲れてたって。歪みを正すのは大分体力持ってかれるみたいなんだよね。それまではピンピンしてたらしいから」


「そもそも歪みを正すってのがよくわからないんだよなぁ」


 さも当然みたいに皆言うけれども私全然ピンと来てないよ。そう言う私に、レオルカさんは「そういえばそっか」と説明をしてくれた。

 魔物が生まれる異空間。それ自体は昔からあるそうなんだけど、それが今あちこちに出来ている。つまり魔物が増えている、という事らしい。


「それを伝承にある救世主に何とかしてもらおうとしたみたいだね」


 はあ、とレオルカさんにしては珍しく溜息を吐く。


「何故か歪みを正せるのが、異世界からの救世主しか出来ないらしくてね」


「それは一つの世界としてどうなの? あなた達のの世界はあなた達で何とかして欲しいんですけど」


「おっしゃる通り。チフユやチトセさんと会えたのはオレにとって素晴らしい出来事ではあるけど、申し訳ないとは思ってるよ」


 そう言ったレオルカさんの表情は、いつものヘラヘラした緩い顔じゃなくて。眉をひそめて、口元を歪めて。複雑そうなその顔に、私は何にも言えなかった。

 そんな気づけば少し変な空気になった私達だったけれど、前を歩くカイサル王子から声が上がって空気は霧散する。


「出たぞ!」


 何がだよと言うよりも先に私はそれを理解した。

 魔物だ。見たことない大きな熊みたいな生物が、三体。正直普通の熊だって怖いのに、それよりも大きくて、明確な殺意を持ったそれに、私は足が竦んだ。


「さぁ、救世主とやらの力を見せてもらおうか!」


 煽るような言葉が飛んできた。む、無茶を言わないで欲しいな!? 本来の私はごく普通の地味女子高生やぞ!


「お言葉ですが、こいつの出番はまだですよ」


 平坦な声音で、何となしにそう言ったフレドは剣を抜いたと思ったら全く怯む様子もなく魔物へと向かっていく。

 そして顔色も変えずに剣を振り抜き、熊みたいな魔物の体は真っ二つになった。


「ヒェッ」


 ちょっとグロくない!? 十五歳の少女には刺激強いよぉ! オエ。内臓出てるヨォ。


「ナバロ……!」


「すんません、殿下。でも、こんな雑魚に救世主サマ出張らなくても大丈夫ですよ」


 睨みつけるカイサル王子にさらっと言いながらまた魔物の首を難なく飛ばすフレドに私は戦慄した。

 こいつ結構やべー奴だったんだな……。ていうかフレドも割と無礼じゃん。


「そうそう、チフユには大仕事があるからね〜。こういうのはオレらがササッと片付けちゃうよ〜」


「レオルカ殿」


 レオルカさんはへらっと笑いながらそう言って、右手を軽く振る。首がスパンッと飛んだからと思えばそのまま大きな炎に包まれた。

 この人もやばい。何でそんな顔色一つ変えないのこの二人。あら魔物だわ〜なんてノリで倒せる奴じゃなくないですか。


「あ、これ女の子にはキツかったかな? ごめんごめん気が回らなくて。さっさと燃やしちゃうからね〜」


 レオルカさんはフレドが斬り伏せた死体も燃やし始める。

 レオルカさんの言葉に、フレドは剣についた血を振り払って「そういやお前女だったな。大丈夫か?」なんて言ってきた。


 ここまでの惨劇を見せつけておいて大丈夫なわけない。


「正直に言いますと、結構本気で吐きそうです」


 と言った私の顔色は割とガチで青かったらしく、レオルカさんが心配そうに「ちょっと休もうか?」と声をかけてきた。

 その時、視界にカイサル王子の顔が入り、何となく『こいつ大した事ねーな』と思ってるように見えた。何にも言われてないのにちょっと腹が立って、大丈夫だと答える。


「ちょっと吐いてきます。そしたらもう平気です」


「無理しなくても……」


「大丈夫です!!」


 そう元気に言って、少し離れて少し吐いた。


「おえっ……はい、もう大丈夫! 元気! 今ならダンスも出来ます!」


「ダンスはしなくていいけど。本当に大丈夫?」


「大丈夫! 今なら歌も歌えます!」


「歌は歌わなくていいけど。じゃあ、行くけど、何かあったらオレでもフレドでもいいから言いなよ?」


 念を押してくるレオルカさんに何度目かの大丈夫を伝えて、私達はまた出発した。



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