第35話「長峯冬海の奮闘」

 幼馴染とそのばあちゃんが消えた。


 そのまま、失踪だとか出掛けたら行方が分からなくなって、とかじゃない。

 本当にいきなり、目の前で消えたのだ。


 いつもと変わらない日常のはずだった。


 幼馴染の千冬と、いつも通り馬鹿騒ぎして。

 彼女のばあちゃんの千登勢さんと会って、3人でご飯に行く事になって。

 そしたら、トラックが突っ込んできて、2人を庇おうとした、んだけど。


 ゆっくりと目を開けた時見たのは、へたり込んだおれの足元に残ったタイヤの跡。

 横転したトラック。


 そして。


 どこにも見当たらない2人。

 最悪の事態を想像してトラックを見た。トラックをひっくり返そうとするおれを何人かに羽交締めにされ止められる。


 結果として、この事故で犠牲者はいなかった。

 いなかった、けど。


 千冬と千登勢さんは、どこにもいなかった。


 直前まで、確かにいた。

 それなのに、魔法みたいに消えたそんなおれの話はもちろん信じてもらえない。

 事故のショックで混乱していると思われてしまう。


 本当なのに。


 その後、2人を探し回ったけど、見つからなかった。 


 とっぷりと日も暮れて、おれは千冬の家へと向かった。

 出てくれた千冬のお母さんは、おれの顔を見てめちゃくちゃ心配そうな顔をしていた。

 それから、おれは警察の人が誰一人として信じなかった一連の出来事を話した。


 話しながら、視界がぼやけていくのを止められない。わかっている。到底信じられる話なんかじゃない。


 やっと、話し終わったおれの背中を、おばさんがさする。


「冬海くん。あなたのことは、幼稚園の頃から知ってる。今、嘘を言ってないことも」


「おばさ……」


「気絶してた、とかはないのよね?」


「目は瞑っちゃったけど、気絶はしてない! もし、攫われたとかなら、後ろ姿は見てるはずなんです! 本当に、消えちゃったんだ……!」


 おばさんはふむ、と少し考えるように下を向いた。

 しばらく思案した後、ぱっと顔を上げる。それは絶望した顔とかそんなじゃなくて。

 強い意志を感じる眼差しだった。


「わかった。取り敢えず、一週間とにかく探しましょう。冬海くんの話と、脅迫とかも今はないし、誘拐という線はないと信じて」


「え、あ」


「後ね。これは娘として。母としての勘なのだけど」


 にこり、とおれに笑顔を向ける。

 千冬みたいな。千登勢さんみたいな。


「2人は絶対に無事よ。絶対に生きてる」


 その言葉に、根拠なんかないのはわかってる。それでも、絶対の自信と信頼はありありと感じられて。

 おれは心の底から安堵して、涙を零した。


 この日から、おれの2人を見つけ出す為、とにかく探し回る日々が始まったのだった。


 ***


 しばらく千冬は病欠という理由で欠席にするとおばさんが教えてくれた。

 翌日、千冬のお父さんも交えて改めておれの話を聞いてもらう。


「改めて聞くと、本当に不思議だわ。千冬は兎も角、母さんはそんなに走れないから、やっぱり姿は見えない、っていうのはおかしいわ」


「……ですよ、ね」


 でもあの場所には血痕とかもなかったし、あの場で轢かれてはいない、はずだ。


「まるで、世界から消えたみたいな」


 そう口にして後悔した。

 おれは思わず俯く。2人は生きているはずだ、絶対に。そう信じなければまだいけないのに、そんな──


「それじゃない?」


 おばさんの声に、ぱっと顔を上げる。となりのおじさんも、不思議そうにおばさんを見つめていた。


「神隠しだとか、異世界トリップ、だとか。そんな感じの」


 そう語り始めるおばさんを見ていたら、グレた時の千冬の事を思い出した。


『うちのお母さ……ゴホン、母さ……えふん、お、おっふくろはさ』


『お母さんでいんじゃね? 反抗しきれてないんだから無理すんなって。おっふくろて』


『うるせー! 反抗しきってるわ! バリバリの不良娘だわ!』


 色々あってグレていた千冬だったけれども、まああんな奴だから頑張って両親を無視するものの『ただいまだゴラァ!』とか、随所でボロが出ていた。真面目な顔でいただきますとご馳走様の乱暴な物言いを悩むくらいには。


『私さー、今こうしてグレてるけどさー』


『……お、おう』


『全然応えてないんだよね……。あらおかえりーとか言っちゃってさ』


 まぁあっちはそうだろうな……。


『……昔から、独特な世界持ってんだよねぇ。お父さ……ゴフッ、おやじともすぐに2人の世界になるけど……おか……けほん、あの、うん。違う所見てるなー、って。まぁ少しだけさ。疎外感みたいな、うん……。いや別に何とも思ってないけど? 私は今不良なので?』


 そんな会話を交わした事を不意に思い出した。

 確かにそうだ、と思った。

 非日常な事も。現実的でない可能性も。ありえるのだと。だから、おれの話した事も、信じてくれたのかも。


「私、2人は絶対に生きてると思ってる。でも、どこにもいないような気もしてるの。どこかで絶対に生きてる。でも、いないんだって」


 どこにもいない。この世界のどこにも。

 でも、この世界じゃない、どこかに。


「そうか。それじゃあ骨が折れそうだな」


 そして、おばさんの話にそう返したおじさんもこの事態をすんなりと受け入れていて。


「おじさん、おばさん……」


「冬海くん。一緒に2人を見つけ出そう。千冬の事、君になら任せられる。ずっと一緒にいてくれた君なら。千冬も、君ならひょっこり自分から出てくるかもしれないしね」


 その言葉に泣きそうになるのを堪える。

 泣いてる場合じゃない。必ず、千冬と千登勢さんを見つけ出す。

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