第29話

 こちらへ向かってくるレオルカさんは両手に何かを持っている。

 無事食堂で何かを恵んでもらえたらしい。

 私は空中で止めていた手を動かし、煮物の人参をぱくりと頬張った。うん、味がよく染みてて美味しい。


「あっチフユ待っててって言ったのに!」


「だってお腹空いて……女といえど食べ盛りだから……」


「あー、それはごめんな。おばちゃんにお弁当頼んだら、『こんな直前に言われてもないよ!』って言われてさ」


 そりゃ言われるわ。で、何をもらってきたのだろうか。そう思い、私はレオルカさんの手元を見て目を見開いて硬直してしまった。


「……で、成果はそれですか?」


「おう。フレドも待たせてごめんな。食べよう!」


「え、あ、はい……」


 多分私とフレドは同じ表情をしていると思う。

 レオルカさんが握りしめていたのは、それなりに大きいフランスパンだったのだ。切られてもいない。

 ……よく考えたら、今お昼時だよね。多分めちゃ忙しい時間帯だ。そんな時にお弁当くれって言われたら私なら追い返すな……。

 テイクアウトの弁当もやってるとかじゃないんだよね? 多分。異世界の事はよく知らないけれども。


「これでも食いな! って渡された」


 にこにこしながら報告してくるレオルカさんはなかなかのサイズのフランスパンを見せつけるように掲げる。う、うん、ヨカッタネ……。


「……それだけっすか?」


「いやいや。一応これも渡されたぞ」


 そう言ってごそごそと取り出したのは瓶に入った蜂蜜だった。お、おおう。だから笑顔なのかな。甘いもの好きだって言ってたものな。いやそれにしたってこれ……。一緒に食べるのに拘らないでそのまま定食とか食べてくれば良かったのに……。


「よし、食おうか!」


 私の横に腰掛けたレオルカさんは、蜂蜜の瓶を開けると、ぶちっとフランスパンを千切り、そのまま瓶に突っ込もうとした。


「ちょっちょっと待って!」


 がしり、とフレドがレオルカさんの手首を掴む。

 いきなり止められたレオルカさんはきょとんとした顔でフレドを見た。いや何できょとんとしてんの? 私も驚いたわ。

 えっ瓶にそのまま? 瓶のままディップ?


「なんだよフレド」


「そのままはやめた方が……え、昼飯で一瓶全部食うわけじゃないっすよね?」


「え?」


「え、まさか、」


 するつもりだったんすか!? 


「いやだって蜂蜜は体に良いし……」


「レオルカさん、限度って知ってますか?」


 つい口を挟んでしまった。いやだって、ね? この瓶もかなりの大きさだよ。

 食堂の人、貸しただけでは? 空になるとは思ってないんじゃないかな……。


「……レオルカ様。フランスパン、少しください。おれのサンドイッチと交換しましょ。好きなのどーぞ」


「え、いいの!?」


「……何か、見てらんねぇので」


 す、と籠を差し出すフレドに、レオルカさんはウキウキとしながらサンドイッチを見渡す。

 割と優しいな、フレド。

 まあレオルカさん自体は悲観はしてなかったけれども、フレド的には放って置けなかったんだなぁ。


「よかったっすね。レオルカさん」


 呆気にとられて手を止めてしまっていたけれど私は腹ペコだったんだった。取り敢えずレオルカさんにそう言ってから止めていた手を動かし始める。


「おう! じゃあこの美味そうなフルーツサンドいい? フレド」


「いいっすよ。つか、甘いもん好きなんすね」


「まーねー。チフユはやっぱチトセさんのやつ?」


 もぐもぐと食べている最中にいきなり話を振られたので頷いておいた。

 しっかり味わって飲み込んで、一言。


「絶っっっっ対あげないからね!おばあちゃんの料理という世界一の幸福を味わうのは私だけでいいんだ!」


「……いやまぁ、決してチフユが間違ってるわけじゃねぇんだけどな……」


 おうおう、何か言いたげだなフレド君よ。

 私のお弁当食べる? なんて少女漫画見たいなのは言わないよ私。


「おばあちゃんが私の為だけに作ってくれた私だけのお弁当は私以外には絶対何が起こっても渡さないと誓ったんだよ!」


「あは、相変わらず面白い事言うなー!」


「え、本気っすか? 意味不明すぎて気持ち悪いんすけど」


 フレドお前っ、言い方ってものがあんでしょ!

 本当に嫌なヤツだなお前! 

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