第26話

「おまえ、」


「はーいお疲れ! フレド、いつまで押し倒してんの?」


「!!」


 突然のレオルカさんの声に、お互いびくりと体を震わせた。

 言う通り、今私は両手首を掴まれた状態で押し倒されている。存外顔も近い。

 そいつはあっという間に茹で蛸のように真っ赤になって、勢いよく飛び退って私の上から降りた。むくりと上半身を起こすと、尻餅をついた状態で固まるそいつ途切れ途切れに声を漏らしている。


「や、ちが、おれ、は。これは、その、ちが、なにも」


 何を言いたいのかさっぱりわからない。


「! おっまえ、足を開くな!」


 あ、これはわかった。少し落ち着いてきたかな?

 開くも閉じるももう立つからいいや。よっこいせと立ち上がり目をやると、そいつはまだ座り込んでいた。


「あれ? どうしたんですか? 立てないんです? 手貸しましょうか?」


 そう言って手を差し出したが、そんな私の厚意にそいつはいらんと一蹴しすっくと立ち上がる。

 まだ少し顔は赤らんでいた。


「お疲れ二人とも。凄かったよ! フレドは全部防いだし、チフユも一発食らわせることは出来なかったけれども内容はばっちりだよ! よく応用出来てた! 修行としては完璧!」


 それは大袈裟ではなかろうか……。


「……確かに、おれも途中からあまり余裕はなかったな。ほぼ反射で少し乱暴になっちまった。悪かったな」


 え、ええ? そこで謝られると困るんだが。だってそういう修行でしょ?

 ちらりとレオルカさんを見ると、同じ事を思っているのか苦笑いを浮かべていた。だ、だよね。

 ……と思ったら、いきなりニタリと意地の悪そうな笑みへと変わる。


「ほほう。反射、つまり無意識に押し倒しちゃったわけか。ふうーん?」


「な、ちがっ、いや、ちがくは、ないの、か? いやでも、けっして、いとが、あったわけでは」


 わたわた慌てながらそいつは忙しなく手をあっちこっちに動かしている。無意識だろう。

 第一印象は最悪のこいつだったが、正直な話めちゃくちゃ面白い。慣れてなさすぎでしょ。

 確か期待の新人って言ってたよね。今一番隊の中で強いとも。新人で一番て事は、才能云々もあるだろうけれど、きっと凄い鍛錬とかしてきたんだろう。

 女の子と関わる事もないくらい、やってきたのだろうか。


「はは、じょーだんだよ。フレド。あんまりにも面白くて」


「……」


 あ、ちょっとむっとしてる。


「でも、チフユ凄かったろ?」


 えっここで私の話をするの?


「……変なヤツだとは思いました」


「あんたには言われたくないんですが」


 お前も変なヤツですよ。というかここで会った人は大体変な人だ。


「魔術使った事ないって話をだったのに、あんなでっかい魔術ばんばん使ってんの意味わかんねぇし、中見えるっつーのにあんなに高く飛ぶし、足はすげぇ上げるし広げるし」


 あぁ、空中から攻撃した時に動き変だったのそういう事か。足はまあうん。


「口悪いし」


「ほんっとにあんたにだけには言われとうない」


 トリスさんだって言ってたからね。多分あなたの課題だよこれ!


「口悪いくせに、気持ち悪い敬語も使うし。確か年変わんねぇんだろ? 敬語もういらねぇから普通に話せ。名前も、フレドでいいから」


 気持ち悪いとは何だ。本当に失礼なヤツだな!

 いいよいいよ、もう敬語やめたるわ。くそ、黙っていれば長峯を彷彿とさせるのに。


「わかった。じゃあフーちゃんって呼ぶ」


「はあ!?」


「私の事はチフユさん、とでも呼んで」


「ふっざけんな、絶対呼ばねぇ」


 こんなやり取りをした後、結局チフユと呼ぶ事にしたようだ。私もフーちゃんはやめろとドスの効いた顔で凄まれたのでフレド、と呼ぶ事になった。

 それからはレオルカさんと色んな武器を使って魔術の練習をした。大体の武器で魔術は使えたけれども終ぞ素手では何も出来なかった。

 どういうメカニズムなんだ……。


「確かによくわからねぇ仕様だが、武器によっては使い所が色々変わるな」


「ほぉん……」


「何他人ヅラしてんだよ。お前の話だぞ」


「んなこと言われても……」


 そんなすぐに順応できんて。他人事のつもりはないんですよ。いまいちよくわからないだけで。

 フレドは呆れた顔で私を見ている。


「でもまぁ二人が仲良くなって良かったよ。始めはバッチバチだったもんな!」


「いや仲良くはなってない。遠慮がなくなっただけだよレオルカさん」


 この人の仲良しの線引きがわからん。いやこの人も変わってるしな……。

 軽いしおおらか過ぎるんだ、多分。

 まぁ、条件があるにしろ、魔術が使えることが分かったんだ。修行完璧でしょうこれ。

 そういえば、粗方の魔術は使えたって言っていたけれども、あれはどうなんだろう。

 おばあちゃんが、私の怪我を治したヤツ。

 教えてもらった中には、なかった。


「レオルカさん。傷を癒すヤツは? おばあちゃんが私の怪我を治したんだよ」


 白魔術、ってトリスさんは言っていた気がする。

 レオルカさんはあぁ、と声を漏らすとがしがしと頭を掻いた。


「白魔術かぁ。チトセさん凄いな。まぁそのままだよ。回復やら、能力向上やらさせる魔術だね。今のところ、出来るのは女性にしか確認されてないんだ」


「へえ……」


 だからか。レオルカさんつまらなそう。気に入らないのかな、出来ないの。


「ちなみに出来ると聖女様なんて呼ばれるみたいだね。オレはチトセさんとチフユ二人が聖女だと思ってるけどね。異世界から来てくれてるんだものさ」


「おっ、おおう?」


「つーか、チフユには無理じゃないか? 白魔術。武器がないと魔術使えないなら」


「たっ確かに……。でも何だろ、範囲効果みたいな感じで出来ないかな」


 斬りつける必要はないのでは?

 こう、降ったら癒しの波動がこう出るみたいな。


「まあどちらにせよオレは使えんからごめんな。使える様になったら言うよ」


 その言い方は練習してるのかな?

 そう思ったのがわかったのか、レオルカさんは珍しくキリッとした顔をして口を開く。


「オレに使えない魔術なんてあるわけないから。オレは一番の魔術師だからね」


 こんな軽いレオルカさんにも、譲れないものがあるんだなと思った。

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