第15話

「さて、じゃあ作ってくるわね」


「あっ私この二人と一緒に過ごすのは気まずいのでお部屋に……」


「千冬?」


「ひん」


 そそくさと自室に行こうとした私だったが、おばあちゃんに黒い笑顔を向けられ渋々戻る。仕方なく、二人が腰掛けるテーブルの向かいに座った。お客様を気遣えと。おもてなししろと。そういうことだろう。


「気まずいんですけど」


「はっきり気まずいなんて言って酷いなぁ!」


 面白そうに笑うレオルカさんに腹が立ってプイとそっぽを向いた。


「いや気まずいでしょ……。年上の男二人と話す事ないし……絶対話合わないし……」


 まあ異世界の二人で常識も違うだろうから話合わなそうなのは何も性別や年齢に限った事ではないけども。

 くつくつと未だ楽しそうに笑うレオルカさんは「そうだなぁ」と頬杖をついて私の顔を凝視している。な、何なんだ一体。


「じゃあ改めて自己紹介でもしようかね。オレはレオルカ。歳は二十歳。この国一番の魔術師だと自負してるよ。まあ色々面倒だから引っ込んでるけどね」


 えっいきなり何?

 唐突に自己紹介を始めたレオルカさんに私はただ困惑する。しかも大体知ってる内容じゃないか。もう聞いたぞ。

 そんな私の心中を知ってか、自己紹介は進む。


「好きな食べ物は林檎。甘いものは割と何でもいけるよ。好みのタイプは面白い子! 年はそんな気にしてないかな」


 すんごいどうでもいい内容になってきたなぁ、なんて思って適当に相槌を打っていると、ずいっとレオルカさんが身を乗り出して私をじっと見ていた。


「だからチフユは割とタイプだよ」


「は?」


 その言葉をすぐには理解できなかった。

 本人はなんと言うか、目を細めてゆったりと笑みを浮かべていて。初めて見た表情だ。

 大人だな、となんとなく思った。大人の男の人ってこんな顔をするんだと思った。


「ありゃ。反応はイマイチ」


「すみませんね」


 腑に落ちないが謝っておく。謝らなくても、と苦笑してから、レオルカさんはトリスさんをちらりと見る。

 次だとでも言うようににっこり笑うレオルカさんにトリスは溜息を吐いた。


「……トリス・グリーングラス。二十六。騎士団第一部隊隊長」


 最低限の自己紹介だなぁ。でもでも、苗字? ふぁみりーねーむ? は初めて知った。グリーングラス。グリーン入ってるんだ……。いや、言わないけど。言わないけど! ちょっと面白いな。言わないけどー!


「ええっそれだけ!? 好みのタイプとか」


「今日散々弄ったじゃないですか、言いません」


 ああ、そういえば。年下好きだったね。


「えー。じゃあ好きな食べ物とか?」


「……肉」


 簡潔ぅ。何やら気に入らなそうなレオルカさんだけど、別にそんな深く知りたいわけでもない。そんな私の思いが顔に出ていたのだろうか。興味なさげにしながら、おばあちゃんが奏でる料理の音に耳を澄まし始めた私をレオルカさんが呼んだ。


「じゃあ、チフユ!」


 私もやるの!?

 めんどいからやです、という気持ちを押し出した顔でレオルカさんを見つめてみるけど満面の笑顔を向けられた。いや何故。

 そんなキラキラした顔をされても何もないですけど!

 ええい、仕方ない。


「くじょ……、じゃなくて。チフユ・クジョウ。十五。普通の学生。あ、先に言っておきます。好みのタイプとかそーゆうのはないです。多分」


「ええー!」


 ええーと言われてもないものはない。こういう男の人が好きとかそういうのは特にないのだ。


「じゃあ好きな男……気になる奴とかはいないの?」


 そう言われ、とある男が浮かんだ。何故かはわからん。ちょっと恥ずかしくなった。


「……いませんよ。いません」


「何その間! 心当たりあるんだろ! オレ? トリス? まさかのアルフィ殿下?」


 自分を選択肢に入れるなんてすごい自信ですね!? まぁ顔は整ってるとは思いますけども!


「いや全員会ったばっかじゃん。ないない」


 しかも皆私に攻撃してきた奴らじゃん。王子様は微妙だけどまぁ拘束だからな。危害加えたのと一緒でしょ。


「あれま、あっさり否定されると傷つくなぁ」


「会ったばっかだし皆私に攻撃してきたから……」


 特にトリスさんよ。多分意識一瞬飛んでるよあの時。


 ちらっとトリスさんを見ながら思っていたら、私の思っていたことがわかったのか罰が悪そうに視線をそらした。

 ずっと思ってたけど、もしや気にしてる? すぐ治ったし私はもう全然気にしてないのだけれども。この話題の時居心地悪そうにしてるもんなぁ。

 まあ特に言うこともないけれど。


「まあそれは仕方ないっしょ。それよかチフユの好きな奴のこと詳しく! どんな奴?」


 この人はあっさりしすぎなんだよなぁ!

 ないっしょじゃないよ。軽すぎんか? でもまぁこの人には私も何発か入れて砂で目潰しもしてるしな……。確かに仕方ないのかも……しれない……。


「いや好きとかじゃないし! 全然気にしてもないし! ただ、その」


「ただ?」


「気づいたらいつも一緒にいたなと……ふと、思っただけで」


 ただそれだけだ。

 小中は、学区が同じだったからまあ、うん、一緒なのは普通。

 高校は、たまたま一緒で。クラスも違うけれど、気づいたら一緒に登下校してるし、昼休みだって一緒に過ごしてる。

 ……だからかな。異世界に来てしまったのだ。多分、当分会えない。だからきっと、思い浮かべてしまったのだ。

 からっと笑うあの笑顔を。たまーに腹の立つ笑顔を。

 つい昨日まで繰り返していた、あの馬鹿騒ぎがちょっぴり恋しくなったのだ、多分。


「ふうん?」


 にやにやと面白そうに口角を上げてこちらを見るレオルカさんが腹立つ……。

 なんとなく顔を見られたくなくてそっぽを向いた時、おばあちゃんがお皿に盛り付けているのを見た。料理が出来たんだ。


「おばあちゃん、運ぶよ!」


「あら、まだ話していていいのに」


「やっ、もう自己紹介のネタ切れだったからいいの!」


 き、聞いてたのか。そりゃそうだよね。

 ……おばあちゃんは、気づいてるよね多分。誰の事なのか。うぅ。


「あらそう?」


 ほらぁ! 楽しそうに笑ってるもの!

 そんな笑顔も好きだけど今は居た堪れない! 恥ずかしい!


 私はそんなおばあちゃんの笑顔から逃れるように出来上がった料理を運んだ。

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