第10話

 元々、私を吹き飛ばすために放った技なのかな。すごい突風で、今までにないくらい大きく吹き飛んだから。

 そんなことを一瞬考えてすぐ、私は気づいた。


「おばあちゃっ……」


 このままではおばあちゃんにぶつかる!

 私はいい、このまま落ちて少し怪我をするくらいは。でもおばあちゃんを巻き込むのはいやだ。頼むから避けてほしい。受け止めようなんて思わないでほしい。

 でもそんなのおばあちゃんがするわけない。私を受け止める気まんまんだ。


「よけ……」

 


 ぶつかる! もしこれでおばあちゃんが怪我したら私はーー


「千冬!!」


 ふわり、と。体が何かに包まれる。

 衝撃もなかった。ゆっくりと地面に降りた私は、目を丸くしたまま目の前で同じく驚いた顔のおばあちゃんを見た。

 やはり受け止める気だったのだろう。両手を広げて、受け入れ態勢のまま固まっていた。

 そんな、私達のことなんてお構いなしに脳天気な声が響いた。


「おー! 流石! おばあさまは中々の才能がおありだね! 無意識でそこまで出来ちゃうとは!」


「……」


 とても楽しそうなレオルカさん。

 でもね、私はちっとも楽しくない。

 わざとだよね。わざと、私をおばあちゃんに向けて吹っ飛ばしたよね。私がおばあちゃんを潰すところだった。私がおばあちゃんを傷つけるところだった。

 能力とやらを見る為に、おばあちゃんを危険に晒した。


「……絶対許さない。絶対にボコボコにする」


 ゆらり、と立ち上がる。眼球だけ動かして辺りを見渡す。訓練場だけあって、騎士があちこちにいる。私は一番近くにいた騎士から剣を引ったくる様に奪う。勿論文句を言う騎士に一言。


「借ります。後で返します」


 ぎろり、と睨みつけながら言ったらもう何も言われなかった。


 へらへらしてるレオルカさんへと向き直る。


「大丈夫? 女の子には重いんじゃない?」


「……」


 めぼしい武器がこれしかないんだから致し方ない。


「千冬、」


「大丈夫だよ、おばあちゃん」


 おばあちゃんに、満面の笑顔を向ける。


「おばあちゃんを害そうとした害虫を、叩き潰してくるから!」


 剣を引きずりながら走り出す。


「叩き潰す? 君が!? ろくに剣を扱ったこともないだろう君が!? 多少場慣れはしてるみたいだけど所詮は喧嘩レベルのーー」


「ごちゃごちゃうるせえ!」


 本当、少し黙って。

 所詮私はただの女子高生で、戦いの心得があるわけでもないし武道の嗜みがあるわけでもない。そんなのわかりきったことだ。

 だって私は戦士でもなんでもない。

 ただのおばあちゃんが大好きなおばあちゃんっ子なのだ。

 だから、許せないのだ。おばあちゃんっ子として、絶対にボコボコにしなければ。どんな手を使ってもね!


「やぁ!!」


「おっ、と……!」


 剣を思い切り振り下ろす。それは当たる事なく地面を抉った。

 ……すごく、えぐれた。

 私は勿論、そいつも目を丸くして驚愕していた。あ、これはチャンスでは?


「ふっ!」


「ぐっ、」



 私は回し蹴りを繰り出して、そいつの首を狙ったけど腕で防がれた。それでも体勢を崩したのはわかったから、剣を真一文字に振り切る。

 それもギリギリでかわされた、けれど、切先が掠めたのか皮一枚切れた様でそいつの頬から血が流れる。


「……なるほどね。わかった。君は」


「なに悠長にしてんだ! まだ終わってないから!」


「えっ、うわっ!」


 完全に気を抜いていたであろうそいつに、私は素早く飛び上がり、両足を胸に叩き込んだ。

 渾身のドロップキックである。


 綺麗に決まって倒れたレオルカに私はすかさず馬乗りになり、顔面を殴った。


「ちょっ待って、終わった、終わったから!」


「は? 終わってませんが? 今から始まるんですよ? よくもおばあちゃんを危険に晒したなこの白髪頭が。ボコボコにしてやる」


「うわ、ちょっトリス! トリス助けて!」


 今から私による罰を与えたもう。

 実力知りたいんでしょ、見せてあげますよ。


 二発目が入ったところで、いきなり体が浮いた。


 私は振り返って元凶を睨みつけた。


「なんすか。トリスさん」


「そこまでだ、もうやめとけ」


「は? おばあちゃんの仇をとらにゃならんですけど。私の拳は女の子ゆえ柔らかく弱いのであまり強くありません。だから回数をこなさなきゃいけないんすよ」


 か弱い乙女の拳はダメージが小さいので何回も何回も殴らなきゃね?


「なんだそのトンデモ理論は」


「そもそも私死んでないし、なんなら何にも喰らってないから無傷なのだけど……」


「言葉の綾です! おばあちゃんを故意に危険に晒した重たい罪! 妥当な罰を!」


「いやだから無傷なのよ千冬」


 トリスさんに抱えられたまま私は私刑を望むけど駄目でした。


「ふんっおばあちゃんのご慈悲に感謝するんだなっ」


 トリスさんにやっと降ろされた私は汚れた服をぱんぱん叩きながら、地べたに座ったままのレオルカさんにそう言い捨てた。

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