どうあがいてもバットエンドだった鬱ゲーの【歯車】は既に狂っているから、ハッピーエンドを目指す。
磨白
プロローグ 【 】歯車が狂う前に、私は
「来たね彼が」
光も届かない部屋の一室。そこで彼女は小さくつぶやいた。
「間に合ってよかった。あとちょっとで取り返しがつかなくなるところだったよ」
彼女は自分の手足に付けられている枷に目をやる。
細く透き通った白い手足には似合わない程、無骨な鉄の塊。それはひとえに何者かが彼女を警戒している証拠であり、それに見合うだけの力を持っていたことは紛れもない事実である。
しかし、そんなものはただの玩具に過ぎない。
彼女はここにわざと閉じ込められていたのだ。自分の意志で。
それは時間稼ぎ。
彼らに私は殺せないだろうから。然るべき時が来るまで彼女は停戦を望んだのである。
彼を呼び寄せるには静かな方が都合が良かったのだ。
組織の連中、その中でも幹部たちは恐らく分かっていることだろうけど。
幸いなことにも、私が大人しくしてくれるのはあっちにとっても都合が良かったのだろう。
そうした奇妙な利害関係で成り立っていた監禁生活だったのだ。
そう、彼女は待ち続けていた。いつ来るかも分からない救世主を。
自分の力ではどうにもできない問題を解決する、ただそれだけのために。
まるで、虐げられたシンデレラが王子様を待つかのように。
「【創造主】の復活はもう止められない。歯車は既に揃いつつあるから」
私の力をいくら振るっても、これには対抗できない。
歯車を壊すことはできない。
この世界のルールは絶対なのだ。
例え回らなくなったとしてもまた補充されるだけなのだから。
彼女もこの世界の一部。
理から超越している訳ではないのだ。
でも、この世界のものではない彼なら。
他の幾つもの結末とも違う、私が望むハッピーエンドをーー
私の首に光るのは透明な歯車。他の誰とも違う色をした、いや色を持たない異質なもの。
暫く使って居なかったが、別に問題はない。
なんたって私は最強だから。
少なくとも、今この時点では。
首元の透明な歯車はゆっくりと動き出す。
ーもう、ここに留まる必要は無くなったー
「停戦は終わりね【■■■■■】。ここからは、私も好きにさせてもらう」
彼女は小さく微笑んで枷を引き千切ると、ゆっくりと回転する自分の歯車を掴んで勢いよく回す。
何処までも透き通った結晶が、彼女を閉じ込めているこの部屋を貫いた。
一方その頃、外は慌ただしかった。
なにせ化け物が解き放たれたのだから。
「足止めしろ!!!【
ここに配属されている人員は組織屈指のエリート達であり、本部の次に兵力が集まっている。
この建物で何か実験や任務が行われているわけではないのにも関わらずだ。
ここは巨大な監獄。
彼女が脱獄しないように。また、万が一脱獄したときに【
そう時間稼ぎだ。
誰も彼女に勝とうなどとは思って居ないのである。
まず、彼女と交戦したのは看守達であった。
その中でも特に優秀なものが、先陣を切って彼女を収容しにかかる。
看守は自身の歯車に触れ、力を行使しようとしたが、彼女は反応を見せない。ただ薄っすらと笑みを浮かべながら、一歩ずつゆっくりと前に進むだけである。
戦闘態勢すら取らないその異質さに、看守達は息を呑んだ。
沈黙が辺りを支配する。
彼女の足音だけが響き、緊張が走る。
コツ、コツ、と小さく音を立てて近寄る彼女。
そして、また一歩と彼女が足を上げた瞬間、看守達は動いた。
歯車を回したのだ。
直後放たれる火球や氷槍、または毒などと言った多様な種類の飽和攻撃。
逃げ場はない。
傍から見れば避けようもないこの攻撃。
しかしこの場の誰もこれで仕留められるなど考えては居なかった。
ただ少しでも後ろに引いてくれれば……
攻撃が命中し、土煙が上がる。
看守達が続けざまに攻撃を放とうとするが、
結論から言うとそうなることはなかった。
結晶がありとあらゆる攻撃をかき消し、看守たちの体を貫いたからである。
血飛沫が飛び、無機質だった灰色の監獄が紅く染まる。
それでも彼女は足を止めない。
ここからは地獄絵図だった。
勇敢に立ち向かうものは、結晶に貫かれ散って行く。
誰も彼女を動かすことはできず、ただ紅い絵の具が増えるだけだった。
逃げるものを追いかけて殺したりはしない。
彼女はただ眼の前にある葉が邪魔だからかき分けて進んでいる。それだけのことであるから。
精鋭を集めたはずの監獄は、彼女にとってはただの大きな部屋に過ぎなかったのだ。
結局、誰も碌な時間稼ぎもできないまま彼女は巨大な監獄から抜け出した。
外に出た彼女は、久しぶりの外の空気を浴びながら大きく伸びをしていた。
流石に監獄での生活は彼女にとっても退屈なものであったらしく、久しぶりの新鮮な空気を満喫していたのである。
ここが敵地のど真ん中であることなど一切理解していないような佇まいだった。
立ち向かおうとしていた組織の者は、既に彼女の力に押され戦意を失っていたのである。
「やっぱり、時間稼ぎはできなかったかまぁでもお疲れ様」
突然一人の者が姿を現した。長身の黒いスーツに身を包んだ男性。
フランクな喋り方をするこの男は、今の状況を理解していないのかとさえ思えた。
男は組織の者にねぎらいの言葉をかける。
そして悠々と彼女の元に近づいて行った。
はたから見ればただの自殺志願者にしか見えないが、組織の者は誰も止めない。
それどころか安堵の表情を浮かべ、皆地面にひれ伏していた。
「おかえりなさい【
そう呼ばれた男は彼女と対峙する。
「会話をするのは久しぶりだね【
「その呼び方どうにかしてくれ。私の結晶は別に青くはないのだし」
「いいじゃないか、君にピッタリの宝石だと思うよ」
そう言われ、彼女は大きくため息をつく。
彼女はこの男が苦手だった。
「もういい。今は機嫌がいいのに台無しになる。私は今ここでお前を殺してもいいんだぞ」
「できないことを出来るように語るんじゃないよ、嘘つきめ。僕にこの監獄に閉じ込められたこと忘れたわけじゃないだろう?」
「本気でそう思っているならおめでたいことだな。試してみてもいいんだぞ」
明確な殺意を向ける彼女だったが、男はへらへらと笑ったまま平然としていた。
「あはは、ごめんって。流石に君に勝てるとは思ってないよ。せいぜい僕に出来るのは君の綺麗な肌を少し傷つけることくらいだろうね」
「はぁ……もういい。貴様の挑発に乗るのも疲れた」
そうして、彼女は男の横を通り過ぎる。
「目当てのものが見つかったのかい?」
「あぁ。必ず貴様らを貫くだろう天敵がな」
「そうかい、それは……すごく楽しみだ。それじゃあ、また会おうね【
そう呼ばれた彼女は鼻で笑う。
「二度とごめんだ、ペドフィリアめ」
そういうと、彼女は夜の闇に消えていった。
「大丈夫ですか?【
しばらくして、落ち着いた組織の一人が【
「あはは、大丈夫。君たちも良く頑張ったね。偉い子だ」
男がそう声をかけると場の空気は少し和み、子どもたちは監獄の片付けを始めた。
そんな中、男は楽しそうに笑っていた。
「【
そこまで考えて、男は先程、去り際に彼女が言った言葉を思い出し、苦笑した。
「それにしてもアイツ、僕のことをペドフィリアとか言いやがって。僕はロリコンなんかじゃないって言うのに。好きで【
そうして【
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