騎士見習い、勇者パーティーを追放される
捨独楽
騎士見習い、勇者パーティーを追放される。
「……騎士見習いゴラクロス。本日をもって勇者従卒としての任を解く。今すぐ荷物をまとめ本国へと帰還しろ」
己に与えられた言葉を疑い、少年の思考は真っ白に染まった。
一人に与えるには広く、四人が集まるには少しだけ手狭な一室に四名の人間と思わしき人が集まっていた。ゴラクロスと呼ばれた金髪の少年は片膝をつきうなだれていた。
「……何と仰いましたか、勇者様」
顔を伏せたゴラクロスの声は、年齢よりもやや低い。私情を排除し、騎士たらんとするがゆえに作り上げた仮面の声だった。けなげに騎士としての勤めを果たそうとしていた少年に対して、さらに心ない言葉が投げ掛けられる。
「くどい。俺に同じ言葉を二度言わせるな」
いっそ尊大にも見える態度でゴラクロスを見下ろすのは、勇者と呼ばれた黒髪の青年だった。その身の丈はゴラクロスより一回りも大きく、鍛え上げた筋肉の鎧が分厚い胸板を覆っている。
勇者のそんな態度を見かねてか、それとも別の理由からか。勇者の隣で白湯を呷っていた男が声をかける。茶髪に王国司祭としての法衣を着込んだ男は年齢から言えば二十かそこらだろうか。ゴラクロスは男の正しい年齢を尋ねたことはなかった。ただ、年齢よりずっと大人びて見えたこの司祭はゴラクロスを軽んじたことは一度もない。
「理由は明白でしょう、ゴラクロスどの。我々はこれより魔王軍の前線基地であるアーノルド要塞へと電撃作戦を起こす身。作戦にはこれまで以上の激戦が予想されます。下手な戦力は、カーボン騎士団長の二の舞を演じることになりかねません」
リオレスは淡々と、しかしゴラクロスへの侮りを隠しきれないように言葉を紡いだ。ゴラクロスは悔しさに掌を握り締める。
(……!!)
魔王軍。数多の魔物と魔族によって構成された人類の宿敵。世界を滅ぼす難敵に対して、セントグレゴリアスの騎士や冒険者はあまりに無力だった。一騎当千の強者。眼前の勇者と呼ばれる英雄でなければ、魔王どころかその配下である将軍すら打倒できないのが実情だった。
「リオレス司祭!そのような物言いは断じて許せん。取り消して頂こう…………!!」
己に対する言葉には動じなかったゴラクロスは、激昂して顔を上げた。端正な顔立ちの美少年が、怒りを携えた目でリオレスと呼ばれた茶髪の司祭の目を射ぬく。リオレスはやれやれと肩をすくめた。
「ゴラクロスどの。リオレス司祭。かように騒いでは兵達に動揺が伝わります。どうか声をお控えください」
年若い魔女がゴラクロスとリオレスの間に割って入った。銀色の髪を持つ魔女は、冷や汗を流しながら場を取り持とうとする。
「……女ごときが男の話に割って入るなっ!」
「きゃっ!」
ゴラクロスは割って入った魔女に対して一瞥もくれない。それどころか、彼女を女と侮り突き飛ばす。魔女はよろけ、被っていた三角帽子が床へと落ちる。魔女の頭部から、人間のものとは思えない黒い角が露になる。それは彼女が人間ではないことを示していた。
「ああっ!帽子、私の帽子が……!」
侮辱を受けた魔女は三角帽子を被り直すと、ゴラクロスをチラリと見て悲しそうに目を伏せる。
「……もういい。フーチ、いちいち悲しむな」
うんざりしたような勇者の声が響く。ゴラクロスは、即座にその場で勇者に向き直り膝をついた。
「……リオレス。カーボンを侮辱することはこの俺が許さん。二度と俺の前でカーボンのことを口に出すな。……ゴラクロス」
勇者は感情を感じさせないよう淡々と言葉を紡いだ。
「カーボンへの侮辱を除けば、リオレスの言葉は事実だ。この先の闘いにお前では力不足だ。必ず戦死することになる。中央に帰り、これまでの戦いで培った力で人民を護れ。それが俺の最後の命令だ」
「従えませぬ!魔王討伐こそ、我等が王より賜った使命のはず!それを途中で投げ出すなど末代までの恥っ!カーボン団長の意志を継ぎ、貴方へ剣を捧げることが…………!」
「……ならば死んでもいいと言うのか?」
ゴラクロスに対して、勇者から溢れんばかりの殺気がぶつけられた。呆れるようにゴラクロスを見ていたリオレスも、憐れむようにゴラクロスを見ていたフーチも、震え上がる。ゴラクロスの頬からは滝のような汗が流れ落ちるが、それでもゴラクロスは引かなかった。
「それこそが、騎士の本懐です……!」
「そうか。よく分かった」
一歩も引かないゴラクロスに対し勇者はつかつかと歩み寄る。
一瞬の後、ゴラクロスは自分が何をされたのかも気付かず意識を喪った。
「お前の命なんぞ要らん。……ボルハルム!入れ!」
勇者は深いため息をつくと、外に控えていた騎士を呼び出す。リオレスよりさらに年配の壮年の男性は瞬時に部屋へと入ってきた。その表情にはおよそ感情と言うものが感じ取れない。
「はっ!お呼びでしょうか、勇者様!!」
「ゴラクロス=ティンクル従卒を後方に移送しろ。奇襲は予定通り明日決行する!今晩はたらふく飯を食っておけ!!」
「ははあっ!!」
まだ自分の半分の年齢にすら達しない勇者に対し、ボルハルムは一も二もなく平伏する。それは勇者と呼ばれる少年の地位の高さを示していた。
***
深夜、自分以外には誰もいない部屋のなかで勇者と呼ばれた少年は一人、呟いた。
「……これで約束は果たしたぜ、カーボン爺さん」
砦の中で最高の地位を持つ人間に与えられるべき部屋で、その日勇者と呼ばれた少年は眠った。どんな場所であろうと、どんなに苦しい時であろうと少年は眠ろうと思えば眠れる。それが、少年が他人に誇れる唯一の才能だった。
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