星の名前
月鮫優花
星の名前
自分でいうのもなんだけれど、おれは世界的なバイオリニストだ。各国のありとあらゆる賞を総なめしてきた。もう海外暮らしも長い。
今日は久しぶりにおれの母国、日本でのコンクールに出た。もちろん最優秀賞を取った。客席にはおれの旧友がいた。彼はバイオリン職人で、おれがバイオリニストを目指す理由をくれた人でもある。彼は本当にバイオリンが好きだった。木材を愛おしそうに、きらきらとした眼差しで見つめて、撫でて、切り出して、磨いて、それはそれは美しく立派なバイオリンを作った。おれの愛器もその一本だ。おれは彼のそのバイオリン愛に惹かれてこの道を選んだのだ。
彼は会場の外でおれを待ってくれていた。軽く拍手をくれて、言った。
「おめでとう。流石じゃないか。」
「君のおかげだよ。またメンテナンスを頼めるかい?」
「それだけれどね、バイオリン作りはもうやめたんだよ。」
なかなか需要が厳しくてね、首が回らないんだ。いまは日雇いのアルバイトでやりくりしていてね、これも大変ではあるんだけれど、いろいろできて楽しいんだよ。
なんだそれは。冗談だろう?ふざけているのか。
いや、ふざけているわけではないよな。わかっているよ。分かっているとも。うん、それだって君が選んだことだもんな、それもいいことじゃあないか、理想の自己の実現。立派じゃあないか。
でもどうしてだろうな、喉から震えて声が出るのは。
「お金がないならおれが雇うからさ。またバイオリンを作ってくれよ。」
ああそうだ、こいつは一生おれのためのバイオリンを作ることしか知らなければいいんだ。
「無理だよ。使い慣れていた道具はもう捨ててしまったし。」
道具?捨ててしまったものはどうにもならないけど、道具ならいくらでもいいものを揃えてやれるさ。
「それに、やっぱり、ぼくは今の生活に満足してるんだよ。」
そう彼に微笑まれて、手を振って、また会おうなんて挨拶して別れた数時間後。おれは披露宴のためのスーツに着替えようとした。クローゼットの扉がやけに重く感じた。どうも力が入らず、寝転んでみたら天窓の向こうに星が見えた。
あの星は、なんて名前なんだろう。ああ、でも、そんなこと関係ないか。どうせ、おれたちはあの星が何年も前に出した光しか知らない。名前だって勝手に付けてみた愛称ってだけだ。もしかしたら、おれたちがやった名前の他に、元々の名前があったかもしれないんだ。それでも、こんなに美しくて、仕方がないよな、と思う。
星の名前 月鮫優花 @tukisame-yuka
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