第14話 恋に憧れ、恋に恋して
最寄りの電車から降りて、家までの道のりをなぞる。
一人ふわふわと歩いていた頼りない足音は、いつの間にか二人分に増えていた。足元を見れば、ふわりとレースが踊るその横で、金色の刺繍が舞うローブの裾が、葵と歩調を合わせるように隣で泳いでいる。
確かに、家で待っているとは一言も口にしてはいなかったなと葵は困ったように眉を下げた。また葵の知らないうちにキーホルダーに化けていたのか、それとも認識阻害とかいう魔法の対象を葵にも当てはめていたのか。まあ、どちらにせよ、今の葵にそれを問いただす元気はなかった。
「……居たんだ」
「……そりゃね。協力して発破かけた以上、見届ける責任が、僕にはあるわけだし」
どこか気まずそうに、ぼそぼそと声を紡ぐアスターの珍しさに、葵は立ち止って魔法使いを見上げた。夏の景色を背景に、桜みたいに咲いた、鴇色の髪。前髪も後ろに括った尻尾髪も、風に吹かれて柔らかく揺れている。そして、葵に習って立ち止り、こちらを見下ろしたアスターの瞳も、同じ風に吹かれているようだった。
こういうときこそ、その口はよく回りそうなのに、案外そうでもないらしい。内心謝りながら認識を上書きする。またひとつ、アスターという魔法使いのことを、葵は知った。
「……あー、その。……アオイ」
「大丈夫だよ、アスター。……思ってたよりも、大丈夫」
勿論、ショックを受けなかったわけじゃない。自分の中で曖昧にしていただけで、わりと黒沢のことをそういう意味でも好ましく思っていたらしい自分に気付いてしまったし、なんだかいまも胸のあたりがぽっかりと空いている感じだ。
駅のホームで彼らと別れるまで、何を話していたのかもあまり覚えていない。
そのくせ涙は出なかったし、いまも塩辛い気配はない。
「どっちかというと、黒沢さんにリカを取られて悔しい気持ちの方が大きい」
「……難儀だね、君」
再び葵が歩き出すと、アスターも一歩遅れてついてきた。ふいに、ぱたぱたと羽音がして、葵の肩に何かが降り立った。シマエナガだ。アスターが持ってきていたのだろう。魔法のかけられたその一羽は、ちょんちょんと葵の肩の上を撥ねると、まるで慰めるみたいにその頭を葵の頬に摺り寄せてきた。すこし、くすぐったい。
「それに、私は黒沢さんの気持ちを、考えてなかったし」
黒沢のことは好ましい。けれど、黒沢が好きだから彼氏になってほしかったのではなくて、彼氏が欲しいから、葵は黒沢を望んだ。
恋に憧れ、恋に恋して、自分自身のことばっかりで黒沢の気持ちなんて一ミリも考えたことはなかった。
そんな気持ちでお付き合いを申し込んだとして。魅了の魔法が無く良い返事を貰えたとしても、あのままではきっと、早々に関係は破綻していた気がする。きっと、自分自身だって、友人やさっきのリカのような幸せそうな笑顔を浮かべることは無かったのかもしれない。
「だからこれで、良かったなって思う、よ」
そのどれもがたらればだとしても。もしかしたら、葵が自分自身を納得させる無意識の言い訳だったとしても。これが最適解であったと、葵は思うのだ。
葵は自分の手首をみた。まるでブレスレットのような黒い痣は、願いが果たされなかった故に健在だ。それを見ながら、後ろの魔法使いの名前を呼ぶ。
「私、他の願い、ちゃんと考えてみる」
いままでも考えていなかったわけじゃない。それでも、口に出しておきたかった。たとえ、葵には想像のつかないような悪いことをした魔法使いだったとしても。今の彼が、葵に対して優しさを尽くしてくれていることに、変わりはない。
ならば、差し出された優しさの分を、葵だって返したい。
「だから、もう少しだけ、辛抱してね。アスター」
「……ん」
振り返ってアスターの顔を見れば、葵よりなんだか苦しそうな顔をしていて、思わず笑ってしまったら、怒られた。
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