夏日。入道雲。蝉の声。私が出会ったのは、SSRの魔法使いでした。

浅倉あける

プロローグ

 世の中に存在する様々な青色の中から一番美しいものを選んだ高い空と、天国まで届きそうな、白いアクリルガッシュで描かれた厚塗りの入道雲。視界の端には向日葵の黄色が鮮やかに群れていて、帽子をかぶっているのに絶えず汗は彼女の首筋を伝う。どこを切り取っても、お手本みたいな美しい夏だった。


 そんな瑞々しい世界で藤村葵は、桜が舞うのを見た。


 木の幹にしがみついて鳴いている蝉の声が、その一瞬だけ遠くなった。まるで葵を取り囲む世界が、スローモーションにでもなったみたいに、目の前のそれは葵の視線を釘付けにする。

 からから、と音をたてて、セロハンテープが半端にくっついたままの黒いカプセルが、葵の手元から地面に散らばった。


「――初めまして」


 震えた睫毛が、長いな、と思った。

 光のようなピンク色の花びらが視界いっぱいに溢れかえった、その中心に、一人の青年が立っていた。ゆっくりと、その下から瞳が覗く様子に見惚れながら、葵は何も言えず、ただ、なにもかもが遠くなった炎天下で、見知らぬ彼が紡ぐ言葉を聞いていた。


「僕はアスター。君の願いをひとつだけ叶える、魔法使いです」


 いまにも雲に紛れそうな、白い真昼の月の下。

 夏に咲く花の名前を持つ、春みたいな髪色をした魔法使いは、そう言って、葵をみるなり目を細め、不敵に笑ったのだった。

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