第20話 Vanilla Sky

 なかなか解決の糸口が見えないまま連続殺人の様子を呈していることに、相原は頭を抱えていた。連日のように上には小言を言われ、ついに昨日は署長室に呼ばれた。周りもそれを察して何とかしようと躍起になっているものの、空回りしているような状態だった。

 「今回も薔薇の花が現場に残されていた。しかも、ご丁寧に犠牲者の数と同じ数にしている」

 「完全に警察をおちょくってますね」

 「犠牲者のここまでの共通点は?」

 「それぞれの共通点はありません。考えられるのは、犯人を目撃したため消されたということ。最初の事件は偶発的だったとして、その時に目撃していた人物を消したということぐらいしか共通点らしいものはないですね」

 「この後も増えると思うか?」

 「犯人の足取りがわからないので何とも……。ただ、毎回薔薇の花を使うので、この辺りの花屋やウェブサイトに注意喚起を促すことで、予防になるのではないでしょうか」

 「確かにそうだな。よし、犯人が行動したと思われる範囲の花屋と、検索で上位にひっかかってくる花屋に、薔薇の花束を買いにくる人物がいたらすべて報告してくれと通達してくれ。いや、もっと大々的に、マスコミにも流してもらおう。犯人にも知らせるんだ」

 「わかりました。現場の感じからして、これまでの自分のやり方が崩されることはおそらく嫌がるでしょうから、かなり抑止力があるかと思います」

 「それから、都築と北山は花屋に聞き込みに行ってくれ」

 「はい」

 Fleurフルールに着き、車から降りた陽大と壮介は辺りを見回した。

 向かいにはVanilla Sky、1軒挟んでCorkがある。もし何かのタイミングがずれていたら、自分たちの大切な人が犠牲になっていたかもしれないと思うと、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 「入ろう」

 「ああ」

 店は通常通り開店していたが、中に入ると店長がやつれた表情でフラワーバスケットを作っていた。

 「すみません」

 「あ、はい。いらっしゃいませ」

 「いえ、警察の者なんですが……今、大丈夫ですか?」

 「……はい」

 店長は無造作に束ねた髪を結び直すと、店の奥にある小さなテーブルへと案内した。

 「予約注文はお届けしないといけなくて。それに、仕事してた方が気が紛れるんです」

 「他に店員の方は?」

 「もともと私と彼女だけです」

 「それは……大変でしょう」

 「本当に……何であの子がこんな事件に巻き込まれたのか」

 店長は大きくため息をついた。

 「昨日は杉浦さんはもともとお休みだったんですか?」

 「いえ、出勤の予定でした。それが一昨日の夜に、明日はお休みをもらいたいとメッセージで連絡がきて……」

 「その時のメッセージを見せてもらっていいですか」

 「はい」

 −店長、急なんですけど明日お休みいただきたいです。

 −どうしたの? 体調悪いの?

 −ちょっと急な用事ができて……。すみません、明後日出勤したら、残業してがんばりますから。

 急な用事とは何だったんだろう。しかし、文章の後に送ってきたスタンプを見る限り、よくないことと言うよりは予定外の嬉しいできごとがあって、休みをもらったという感じだった。

 「以前、前の事件の際に防犯カメラの映像は回収させていただきましたが、あの辺りも含めて何か不審なできごとはなかったですか?」

 「以前お話した以上のことは特になくて……すみません。ここのところ、コラボカフェの準備で忙しくて、接客は彼女に任せていて……。私が業者との打ち合わせなんかで店にいない間のことは、カメラの映像以外にはわからないんです」

 そのカメラもレジ前を映すものしかないため、店の中全体の様子がわかるものはなかった。

 ふと陽大はあることを思いついた。

 「売上のレシートとか、何かその日に売ったものがわかるのってありますか?」

 「ああ、あります。でも映像で全部確認してるんじゃ……?」

 「念のため、データをお借りしてもいいですか」

 「わかりました」

 店長はパソコンからデータを探し出し、プリントアウトしてA4の紙を数枚よこした。

 「ざっと見て、この中で薔薇の花束を買ったと思われる箇所にチェックしてもらえますか」

 「いいですよ」

 眼鏡を取り出すと、店長は紙を手に取って眺める。

 「これは花束ですね。あと、これも。こっちは薔薇以外の花も入ってますが、見た目は薔薇が多いブーケになっているはずです。これもそうですね」

 蛍光色のマーカーで、手早く該当する箇所に線を引いていく。

 「これが花の色ですね」

 「そうです。その横にあるのが、購入された本数です」

 「ありがとうございます」

 「早く犯人を見つけてください」

 「現在、総力をあげて犯人検挙に取り組んでいますので」

 店長は涙を浮かべながら深々と頭を下げた。


 署に戻ると、杉浦紬の事件当日のおおまかな足取りがわかってきた。

 23日、彼女は定時より少し遅く仕事をあがった。その後、誰と落ち合ったのかまではわかっていないが、大きなショッピングモールのある通りでオレンジ色の薔薇を買っていた。自分の店ではなく、通りにある花屋で買っているので、予定にない買い物だったものと思われる。買いに来た時は一人だったが、車に誰かが待っているような素振りだったという。そこで彼女は、この後は部屋で映画を見るのだということを花を買った店の店員に話している。

 食事をした場所は特定できていないが、犯人と思われる人物と車で移動し、自分が殺された後に残すための薔薇を何も知らずに自分で買わされていたという事実に、陽大たちは怒りとやるせなさがこみあげてきてどうしようもなかった。

 「俺、いったん瀬那を送ってくるわ。送り届けたらまた戻ってくる」

 「今日は早番か」

 「ああ、まもなく終わる時間だ」

 「気をつけて」

 壮介は軽く手を上げると、車のキーを手に足早に出ていった。


 瀬那は車中でいつも通り明るく振る舞っていた。店に飾る花を時々買いに行ったりと、瀬那も顔馴染みの店員のはずだったが、壮介の前では大丈夫だということをアピールするかのように、いつも通りの穏やかな表情だった。そのことが、壮介を少しだけ苛立たせていた。

 なぜ、俺を頼ってくれないんだろう。怖いなら怖いとすがりついてくれてもいいのに。そんなに俺は頼りないのか。

 最近、陽大は蒼空とうまくいっているようだ。事件が解決するまでは蒼空の部屋から通うことにしたらしく、半同棲状態だ。あんなに自分の気持ちにも蒼空の気持ちにも鈍感だった男が、今や人前でも隠さず惚気ることさえある。もちろん、本人はそのつもりはないだろうけれど。

 そのことも、壮介を苛立たせる原因になっていた。瀬那は自分を嫌いではないようだが、どこか壁があるようにも思う。女性の格好をしているという状況もあって積極的にいけないのかもしれないが、壮介は好意を寄せていることを隠しているわけではない。気づいているはずなのに反応してくれないということは、脈がないということなのか。

 いろいろなことを考えているうちに車は瀬那のアパートの前に着いた。エンジンを止めて、壮介は何を言うべきか迷っていた。

 「あの、ありがとうございます。私、部屋に行きますね」

 いつもと違う様子の壮介にやや戸惑いながら、瀬那が声をかけた。

 「瀬那」

 「はい」

 「俺が君を心配してること、わかってる?」

 「もちろん、わかってます。だからこうして送ってくれてるんでしょ?」

 「俺は本当に心配してるんだ」

 「はい」

 「なんか俺に遠慮してるような感じがするんだけど」

 「それは……今日もお仕事を抜け出してきたみたいだし、申し訳なくて」

 「俺が心配で送るんだから、申し訳ないとか思わないでほしいんだ」

 「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。壮介さんはもしかしたら忘れてるかもしれないけど、ほら、私ってまだ手術とかしてないから体は男なんです。こう見えてもけっこう力あるんですよ」

 わざと明るく笑って瀬那は言った。それが壮介は無性に癪に触った。

 「何が大丈夫なんだよ」

 「え……?」

 「二人目の被害者は男だったんだぞ? 女の格好をさせられて、首を絞められて殺された。何が大丈夫なんだ、どこにも大丈夫って保証なんかないだろ」

 「そういうつもりじゃ……」

 「俺は君を守りたい。俺がどれだけ心配してるか、本当にわかってるのか?」

 「もちろん、わかってます」

 「いいや、わかってない。俺は君が好きなんだ。わかってるだろ、そんなこと。なのに君はいつも玄関でさよならだ。俺との間に壁を作って、それ以上守らせてくれない。何でだよ? 何で俺じゃダメなんだ?」

 「そんなことない、そんなんじゃないんです」

 壮介は運転席にもたれると大きく息を吐いて目を閉じた。

 「……悪かった、大きな声なんか出して」

 「いえ……」

 「……部屋に入って。戸締りきちんとして」

 「はい……」

 何か言いたげな表情の瀬那だったが、壮介は目を閉じたまま車から降りようとしなかった。それまでのにこやかな表情は消え、瀬那は不安げな様子で壮介を見つめる。やがて助手席のドアを開け、車から降りた。

 「……明日は」

 「え?」

 「明日は、別の奴に送らせるから」

 「え、あの……」

 「それじゃ」

 目を開けると身を乗り出して助手席のドアを閉め、壮介は車を発進させた。走り去る車を、瀬那はどうしたらいいのかわからないまま見つめていた。

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