努力は国家転覆の罪です

ちびまるフォイ

環境で変わる評価基準

「来週には中間試験があります。

 みなさんも知っているように、

 ぜったいに勉強しないでください」


「先生、どうして勉強しちゃだめなんですか?」


「勉強すると才能がわからなくなるでしょう。

 私達の才能が正しく公平に評価されるために

 隠れて努力することは絶対に駄目です」



「「 はーーい 」」


全員が教科書を机の中に置きっぱなしにして下校する。

これもひとつの努力対策。


努力禁止法が始まってから、あらゆる努力が禁止された。


スポーツ大会は純粋な才能の優劣合戦だし、

成績は持ち前の地頭のよさが正しく評価される。


才能のあるやつは評価されるが、

逆に僕のように才能がない人間はーー。


「お前、また赤点かよ。ほんっと頭悪いのなーー」


「……」


残酷な才能至上主義の世界に打ちのめされるばかりだ。

頭も悪く運動神経もない。


僕のような学校でも落ちこぼれが出たとしても、

努力禁止により学校側で補習などのフォローはされない。


才能のない奴は、それなりの人生を歩むだけだ。


「くそ……なんで僕にはなんの才能もないんだ……」


子どもの頃は父親のような社長になりたいと思っていた。

才能がないことがわかると親は僕をあっさり捨てた。


才能は遺伝しない。

それが才能主義をますます加速させた。


「赤点だったやつは、今後この学校への通学させるかを検討する。

 バカで足を引っ張られたら他の生徒にも影響しかねんからな」


今日の下校まぎわ。

担任の言葉が脳内に聞こえてくる。


検討するといっても、待っているのは最終試験。

試験に合格できなければ僕は学校を切られる。


親のバックで入った進学校から切られたら、

このあとの人生に待っているのは破滅しかない。


「このままじゃ終わりだ……」


僕は学校のカバンを開けた。

中には持ち帰っていた教科書が入っていた。


このまま才能を純粋に評価されて、

僕の人生が破滅するくらいなら。


いっそ努力して才能があると思い込ませたほうがいい。

それがたとえニセモノだとしても。


僕は寝食忘れるほどに勉強をしまくった。

努力のかいあって生徒を見切る最終試験でまさかの満点を取った。


先生は目が点になっていた。


「お……驚いた。お前にこれほどの才能があったなんて」


「これで学校に通い続けられますか?」


「もちろんだ。これほどの才能、見捨てるわけないだろう!」


無事学校に復帰することはできた。

けれどむしろ問題は膨らむばかりだった。


最終試験で満点を取ったのに、次の中間試験がボロボロだったら。

あきらかに前回の試験の不正が疑われる。


僕は次の中間試験もこっそり努力して望んだ。


「すごいな! 学年で1位じゃないか!!」


「あ、あははは。いやぁ、自分でもびっくりです」


結果は学年1位。


もともとの才能から見たら劇的だが、

最終試験の結果から見ると妥当な結果ではある。


それに才能は急に発現することがざらだ。


急に外国語を理解できたり、急にスポーツがうまくなる。

そんなのが多いので僕の成績のジャンプアップを疑う人はいなかった。


「勉強できる人ってすてき!」

「見直しちゃった!」


「ぐ、偶然だよ……ふへへ」


人生で初めて褒められる嬉しさを知った。

それが才能を評価されるとなお嬉しい。

自分自身の存在を肯定されている気になる。


もう勉強する努力をサボることはなくなった。


元々がさして頭が良くないだけに、

ちょっと図に乗って勉強をサボれば成績ガタ落ちが目に見えている。


才能で高得点を取っているのだから、

次も高得点で当たり前の世界での失敗は許されない。


「この人生を手放してたまるもんか!」


勉強の才能が評価され続けることに味をしめると、

今度は勉強以外の才能も評価されなくなってきた。


体力測定の前日。

僕は必死に走り込みや筋トレを行った。


体力測定の日には上位10人に入る結果を残した。


「すごいな。以前の計測じゃワーストだったじゃないか」


「なんか急に体の動かし方をわかったんですよ」


「「 きゃーー! かっこいいーー! 」」


勉強もできてスポーツ万能。

天才特有の性格の悪さもない。

僕はしだいに異性からもモテはじめた。


ヘドロ色だった学生生活はバラ色に変わり始める。

毎日登校するのが待ち遠しくなった。


ある日、先生に呼び出しをされる。


「先生、話って……なんですか?」


「まあ座れ。実はお前に推薦の話が来ている」


「えっ?」


推薦状の宛名を見て驚いた。


「これ、名門大学の東強大学とうきょうだいがくじゃないですか!」


「そう一部の本当に優れた才能を持つ人だけが入学できる大学だ」


「僕に……?」


「そうとも。先生や学校としてもぜひお前に入学してもらいたい」


才能を伸ばすカリキュラム。

天才を育成することに特化した施設。


東強大学に入れば、父のような立派な社長。

いや、父を超える偉大な人物になれるだろう。



ーー本当に才能があるなら。



「あの先生……。せっかくですが……」


「お前まさか断るつもりか!?

 こんなにいい話はないぞ!?」


「でも僕なんかは……」


「自分を低く評価することない。

 あの大学側からぜひにと来ているんだ。

 胸をはってその推薦状を受け取ればいいんだ」


「でも……」


「友達と同じ学校に行きたいとかか?

 それとも親と離れるのが怖いのか?

 それとも恋人か?

 

 そんなのは捨て置け。いいか、これは人生の決断だ。

 その推薦状を取ればお前の人生は何ランクもアップする」


「……」


「今大事にしているものだって、

 この先ですぐに替えがきく。

 本当に評価される大事なチャンスを棒に振るな」


「……そう、ですよね」


「そうとも。他人のためではなく、自分のために。

 自分の人生が一番幸せになる方向で常に決断しなさい」


本当は怖かった。


本当にすぐれた才能を持つ一流だけがいる大学。

そんな中に背伸びした凡人が入るのだから。

いつかボロが出てしまうんじゃないか。


そう思った。

でもそれも努力が解決してくれる。


才能の差は最初からあったじゃないか。

だったら誰よりも努力すればいいだけ。


天才どもにビビることなんてない。


「先生、僕、この大学へ行きます!」


「おおそうか! そう言ってくれると信じていたよ!」


大学の進学を決めると先生は本当に嬉しそうだった。


これからは生半可な努力では入学後に落とされる。

僕はますます勉強とスポーツの努力に力を入れた。


ブラックマーケットで大学の参考書を手に入れ、

自宅でこっそりと予習復習を進める。

バレないように自宅を改造しトレーニングを進める。


努力のかいあって、大学入学後も才能は高く評価された。


入学そうそうに新入生から告白される。

虹色のキャンパスライフがはじまった。


そして、それは大学でできた彼女とのデート中だった。


「~~君、だね」


「え? あ、はい」


「我々は警察だ。ちょっといいかな」


「警察!?」


見せられた警察手帳はまぎれもなく本物だった。

背中に氷を入れられたような冷たさが這い回る。


「君の家から参考書のたぐいが見つかった。

 我々の調査からトレーニング機材らしきものも押収されている」


「あ……う……」



「君、"努力"しているね?」



「うあああ!!」


「逃げたぞ!! 確保しろ!!」


怖くなって逃げたがすぐに警察に捕まった。

手錠をつけられたときも、僕の姿を見た彼女は見たこともない顔をしていた。


「信じられない!! 才能じゃなかったの!? 最低!!」


害虫でも見るような視線を向けられる。


「努力してるなんて最低!」


「じゃあなんの才能もない僕を好きになったのかよ!!」


「そんなこと言ってないわ! 嘘をついてることが許せないのよ!」


「嘘でもつかなきゃ誰も振り向かない!

 そんな辛さもわからないくせに被害者ヅラするな!」


「おい黙れ! 隠れ努力野郎が騒ぐな!!」


警察に羽交い締めされると口にテープを貼られた。

ここじゃ人を殺すよりも、努力をするほうが罪が大きい。


努力をしてしまえば、才能評価の国の社会秩序が崩壊される。

国家転覆レベルのテロ行為に等しい。


もう裁判や人権などを主張する余地はなかった。


僕の首には太いロープが巻かれ、

何人もの見物人の前にある高台へと進められる。


「才能を偽り、努力したお前の罪は重い。

 死をもって償え」


「……」


「お前はなんの才能もないくせに、

 正しく才能評価されている他の人に

 多大な迷惑をかけたんだ。

 この場で自分が才能もないのに努力したことを謝りなさい」


そう言うと口のテープが外された。

それでも。

僕はどうしても最後に言いたかった。



「僕は……僕の才能は、努力する才能です。

 ちゃんと才能はあります!」



その言葉を聞いても、執行官は眉ひとつ動かなかった。



「お前は犯罪の才能があると言ったら、

 まさか褒められるとでも思っているのか?」



執行官がスイッチを押す。

足元の板がはずれて、僕は宙吊りになった。

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