第9話 旅立ち

 バリデの森を休み休みに街へと帰る私達。行く時と違って、気楽なものだった。

 あっ。また、ロタノーラが道の脇にある木の根元に座り込むんだから。


「あたいは休憩希望」


「しかたないか。二人は、病み上がりだからね。休憩でいいよ。さあ。チェリルも座ろう」


「ありがとう。サム」


 サムの横に座ろう。さり気なく。


「私ね、キャリーさんにサムをあげるって言われちゃった……」


 つい言っちゃった。ちょっと顔が火照ほてっちゃう。後から心臓が、ドキドキしちゃうよ。


「うーん。僕は、あのひとの所有物になった覚えがないんだけどね。でも、見捨てられた感じなら、今の街のギルドで冒険者稼業かぎょうは終わりだろう……」


「……」


 あっ、私は駄目だな。恋愛気分で話したけれど、サムは、これからの冒険の仕事の事を心配してたんだ。サムごめんね。私が気を張って蜂に刺されないようにしていれば、ゴブリンなんかの困難をけて依頼を達成出来ていたよね。私は、反省しなくちゃ。


「まぁ、いいか。これでチェリルが魔法学校の教師に、なりやすいだろうから」


えっ。サムは、師匠の仕事の紹介を知ってたの? 私は、驚きで声も出なかった。ロタノーラが喋ったのかな? 思わずロタノーラの顔を見詰みつめてしまう。


「おっと。あたいは、言ってないよ」


「実は、僕の所にも師匠さんから手紙が来てね。チェリルを説得して欲しいと書いてあったんだ」


 そうだったのか。サムの所にも師匠から手紙が来てたのか。だから、私の将来を考え思ってたの? でも。なんか嫌だな。師匠の言いなりで、サムと離れたようになるの。


「サム。破っちまいなよ。そんな手紙。と言いたいけど、二人で決めれば。あたいは、その辺を歩いて来るよ」


 ロタノーラが歩いて行く。サムと二人きりの時間……。


「サム……。私」


 サムは、突然に立ち上がって背を向けた。そして、遠くを見上げた。


「チェリル。君も分かったはずだ。僕は、強い戦士じゃないのを。君は、教師になれば、成功の道だろう。冒険者として、生きたいなら君を幸せに出来る位に、大金を稼げる強い男が他にもいるはずだよ」


「そんな。お金なんて……」


 サムの思いを知った。その時に道の脇から何かが飛び出したのが見えた。立派なつのの生えた鹿の雄だよ。それと目が合っちゃった。鹿は立ち上がっているサムを見て驚いた感じだよぅ――と、突進してきたー!


「キャー! サム、鹿が突進してくるよ!」


「大丈夫だ! チェリルを傷つけさしたりしないぞ! 僕が犠牲ぎせいになればいいんだ!」


 サムは、私を守る為だろうな。私の少し前で両手を広げて立った。鹿を攻撃する体勢じゃないのが分かる。

 とっさに突進から私をかばったサム。角で突かれると思った私は、怖くて目を閉じていた……。

 少しして、サムの笑い声が耳に入った。どうして? サムが死んでしまって、天の世界に旅立つのが嬉しいから笑ってるの? 私は、色々と考えながらも恐る恐る目を開けた。

 すると、想像と違う光景に驚かされたの! 鹿は、サムを角で攻撃などしていなかった。それどころか反対にしゃがんでいるサムの顔を舌で舐めていて、サムも鹿の頭をでているんだもん。私が呆気あっけにとられて見ているのに気が付いた様子の鹿は、逃げて行ってしまった。

 かく、サムが無事で良かったよぅ。自然と体が動いて、サムの背中に抱き着いた。


「サムは、凄いよ。私は、サムがいなかったら死んでたかもだよ。きっと鹿は、敵と思った私でなくて、サムが前に居たからサムの優しさを感じたんだと思う。だから攻撃せずに安心したんじゃないかな……。それと私は、大金たいきんなんか望んでないよ。これからもサムと一緒がいいの。暮らせるだけあればいいのぉ」


「チェリル。こっちを向いて聴いて欲しい」


 サムと向き合った。サムの目は真剣だったよ。私を真っ直ぐに見つめてくれてる。


「僕も心が決まったよ。チェリルと一緒にいたい。ずっと守りたいと思ったんだ。僕は、街から出て修行しながら旅をする。チェリルに、一緒について来て欲しい。あの、その、恋人として」


「うん。勿論、行くよぅ。嬉しい」


 サムが告白してくれた。これまでで、一番の胸キュンだよぅ。なんか嬉しすぎて、涙が少し出たもん。私とサムは、ごく自然に強く抱き合った……。すると『さよならチェリル。これからは、サムが居るちぇり』そう言う精霊さんの声が聞こえたの。


「ええっ! お二人さん。いつの間に、そんな仲に? あたいは、チェリルが大好きだから、あたいの恋人にしたかったのにぃ」


 驚いた様な顔したロタノーラは、本音? をらしたみたいだった。それでもロタノーラに事の成り行きを話すと、納得して喜んでくれた。自分をさておいて、サムと私の仲を応援してくれたロタノーラには感謝してる。私にとって、大切な友人だもん。ロタノーラとも別れたくない。サムと私は、旅の事を話したんだけど。


「あたいは、明日から母親の店を手伝うかな。二人の邪魔しちゃ悪いからね……。もう、早く街に帰ろうよ」


「そうだね。帰ろうか。チェリル」


「そうね。サム」


 そして、サムと手を繋いで街へと向かったの。ロタノーラの事だけが残念に思いながら。



*****


 チュンチュンと鳥の鳴き声の朝。


「鳥さん。今日で、とりあえずは、さよならだよ」


 さっと着替えて、昨晩に準備した旅の為の荷物の最終確認。


「あっ。これを忘れたら駄目だね。師匠。落ち着いたら手紙で返事を書きます」


 手紙だけど、お辞儀して背負い袋に入れた。後は待つだけだな。


 トントンとドアを叩く音がした。そしたら、出発のための荷物と帽子だね。最後に杖を持つ。ガチャッと音をさせて、ドアを開くと太陽の光とサムの笑顔が有った。


「おはよう。チェリル」


「サム、おはよう。いい天気だね」


「そうだね。旅の出発の門出には、良い日だ」


 バタンとドアを閉めた。これから新しい旅の生活を始める決意を込めたの。

 


 *****


 しばらく歩いて、街の出入り口まで来た時に見慣れた猫耳獣人の後ろ姿が見えた。

 サムと私の気配を感づいたのかな。突然に腰を突き出して、振り出したんだもん。


「見て、ロタノーラだわ。サム」


「あれをするのは、ロタノーラだけだよね。朝の市場の仕入のついでに、別れの尻文字かなぁ?」


「でも最初は、い。だよ」


「ああ。次は、く。だ」


 行くって言ってる……? 尻文字が終わると、ロタノーラは、足元に置いてた荷物を背負った。そしたら全力で走って来るよぅ。


「あたいは、もうチェリルが居ないと駄目な女なんだ! ウキウキで腰が動くんだ! チェリルと一緒に行くと決めたからなのさ!」


 大声で叫びながら笑顔で駆けて来たロタノーラは、私に抱きついた。直ぐに、お決まりの挨拶で顔を舐められたよぅ。でも。今日は嬉しい気持ちになる。サムも微笑んでる。


「あたいは、これが無いと一日が始まらないんだよぅ。ペロペロペロ」


「わ、分かったから……でも一日に一回にしてねぇー!」


 

 こうして、これから三人の旅が始まる……。旅先で、つらい事や悲しい事。色々な困難があるかもしれない。でも大丈夫。だって、私達は、一人じゃないから。

 一人が困っても、皆が照らしてくれる森の木漏れ日になるんだもん!

         

                                おわり

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魔導士チェリルは胸キュン! 零式菩薩改 @reisiki-b-kai

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