ちゃらんぽらん戦士

零式菩薩改

第1話 ちゃらんぽらんな男

 騎士や魔法使いが存在する異世界の国、ボダリアでの話である。

 太陽が燦々と照り付けている真昼間に、酒場のカウンターでワインをラッパ飲みしている中年の男がいた。無精ヒゲを生やしたその男は、どう見ても酔っ払いである。酒場は営業をしている雰囲気ではなく、男は、友や恋人と飲んでいる様子でもなかった。その姿を酒場の女将おかみであるプリンダは、呆れた顔で眺めている。


「ちょっと、ダル! もうその位にしときなよ。まだ昼間なんだよ!」


 プリンダとダルは、知り合いで有った。それでも普通ならば、商売上は客に文句など言う事などないだろう。しかし、二人の関係は、いわゆる幼馴染おさななじみと言うやつだ。心配して、ダルの余りのだらしがない姿に見かねてか、注意をしたのだ。

 ダルのご機嫌だった顔が曇った。

 

「はぁ? 俺は、客だぞ。かねを払って飲めば、いつ飲もうが、俺の勝手にナイトクラブだろうが。つまらねぇ事を言うから、酒がまずくなっちまったぜ……」


「何を訳の分からない事を言ってるんだい。大体、いつもツケ払いじゃないか。今日は、全部払ってくれるのかい?」


 ダルは、プリンダに食って掛かった。だが、プリンダも負けていない。ダルが店に未払いがある事を追及して応戦する。プリンダの剣幕けんまくにダルは、たじろいだ。痛いところを突かれたのだろう。無論、支払う金など今日も持ち合わせていないのだ。しかし、ダルは謝ろうとはしない。


「ったく。しょうがねえな」


 ダルは、そう呟くと立ち上がり、そそくさと服を脱ぎだした。そして、真っ裸になると、カウンターに上り身体を寝かした。そんなダルの態度を見たプリンダは、恥ずかしがる様子も無く、呆れた顔をして冷たい視線でいる。


「好きにしろ。釣りは、要らないぜ」


「ダル、支払いは今度でいいから。頼むから、汚いソーセージをしまっておくれよ。ちゃんとお金で頼むよ」


「……」


 拒否されて、ダルのプライドは、ズタズタになった。だが、もうその行為にプライドなどは無い事をダルは気付いていなかったのだ。



 *****


「くそっ! プリンダの奴、馬鹿にしやがって。ういっ。俺を誰だと思ってるんだ。ボダリア王国の元騎士のダル様だぞ。うひっく」

 

 ダルは、ボヤキながら酒場を出た。すると、ダルを見た周りの人々が、ざわざわと騒がしい。気分が良くなった。かつて騎士だった頃に、盗賊を退治した時の様な民衆の反応を思い出していた。

 若い女性の叫ぶ声さえも遠くから聞こえる。


「何だ。俺もまだ捨てたもんじゃないな。この周りの反応は凄いじゃないか。黄色い歓声まで聞こえてきやがる。しょうがねえな。握手でもしてやるか」


 ダルは、有頂天になっていた。そして、幼い子供と母親が彼の横を通り過ぎようとしたその時だ。


「ママ、あのおっさんは何で、フリチンなの?」


「こら、見たら駄目よ。あなたは、あんな大人になったら駄目よ」


 ダルを指さす子供の目を覆い隠しながら、叱る母親を見た時、ダルのプライドは、ズタズタになった……。一日に何回、ズタズタになるのであろうか?

 ダルの顔は、酒とは、別の効果で赤くなる。そして、急いでパンツとズボンを酒場に取りに戻る。その速度は、騎士だった頃の様に俊敏であった。



 *****


 千鳥足で歩く男の背中を夕日が照らす。沈みゆく夕日の様に、ダルの気持ちも沈んでいた。そんな気持ちを紛らわす薬の代わりに、彼は、酒を飲んでいるのかもしれない。

 結局、日の暮れ迄、プリンダと飲み直したダル。楽しかったが、つけ払いをまた増やしてしまったのだ。それを思うとダルは、憂鬱になった。

 

 家路に向かう道をしばらく歩いていると、見慣れた顔に出くわした。アルと同じ地区に住んでいる、人妻のフーリンだった。


「あら、ダルじゃない。元気?」


「やあ、フーリン。それなりに元気だよ」


 フーリンは、ダルを見るなり近づくと、声を掛けてきた。ダルは、その視線が自分の股間に向けられていることに気づく。苦笑いを浮かべながら挨拶をすると、フーリンはアルの手をなまめかしく触れた。そして、さり気なく舌なめずりをするフーリン。 


「相変わらず太い指ね……。思い出すわ。なんだか、身体が火照ってきちゃう。ダル、お腹すいてない? 家に夕食を食べに来なさいよ。今は、亭主が商談の旅に出ていて居ないのよ。だから、食事の後は……。ねっ。お願い」


 フーリンは、頬を赤くしながら照れた仕草をした。いつものダルなら、喜んで行っただろう。だが、今日は違っていた。気分が乗らなかったというよりは、酒場でのプリンダの小言が頭から離れないのだ。


「フーリン、悪いが、そんな気分じゃないんだ。でもせっかくだから食事だけなら……」


「さよならダル、また今度ね」


 ダルが話し終わる前にフーリンは、そっぽを向くや否や、ダルに背中を向けて歩き出した。そして、右手を上げて、手を振っていた。用なしという事だ。ダルは、食事にありつけなかった事よりも、自分の価値が、そんなものなのかと思うと、心が空しくなるのだった。



 *****


「わぁー。ダルが来たぞー! 逃げろー!」


「見られると、馬鹿になるぞー!」


 そろそろ住まいが見え始めるであろう所で、近所に住む子供達がダルの姿を見て叫び、からかった。子供達にとって彼は、馬鹿にして、遊ぶ対象なのだ。いつものダルなら、怒鳴りながら追いかけてやったはずだ。

 今日は違った。ダルは、子供に反応せず、だだフラフラと歩き続けた。夢遊病者の様に。その反応は、子供達にとって不満であり、物足りなさそうな表情になっていた。


「ゾンビだ! ダルは、ゾンビになったんだ!」


 子供達の中の一人が叫ぶ。なんとか、挑発を成功させて、遊びたいのだろう。すると、言葉に反応して、他の子供達の顔が満面の笑みに変わる。水を得た魚と言うやつだ。


「ゾンビ! ゾンビ! ゾンビ! ゾンビ、ファイアー!」


 子供達のゾンビコールが始まった。だが、ダルは反応を示さなかった。ゾンビか。ゾンビの方が悩まなくて、いいかもな。彼は、そんな事さえ思うようになった。

 そんな無反応な態度では、子供達も直ぐにつまらなくなる。諦めてきたようで、ゾンビコールを止めた。ダルの前から立ち去る前に、子供達の一人が残酷な言葉を述べた。その一言はゾンビとからかわれるよりも、ショックを受けた。『もう生ける屍だ。つまらない男だな』その言葉が耳に残って離れない……。



 *****


 何故だ? どうして俺は、こうなった? 自宅の椅子に倒れるように座り、目を閉じて、自問するダル。考えると、答えは直ぐに出て来る。騎士を辞めたからだ。


「カルミア、お前が生きていてくれたら……」


 ダルは、亡き妻を思い出していた。騎士だった自分に恨みを持った者に襲われて、命を落とした愛する妻を。妻が死んだのは、自分のせいだ。そう自分を責め続けてしまい、酒に溺れる毎日となる。当然、騎士の仕事も辞めることとなった。


「カルミア。俺は、お前が居なきゃ、駄目なんだよ……。カルミア」

 

 そう呟いたダルの閉じた目から涙がこぼれた。

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