第33話 困った時は権力

 レーヴェ王子とのあいさつも済ませて、改めて、私の学園生活が幕を開けた。


 魔女の風評のせいで一時はどうなることかと思ったけれど、レーヴェ王子とツェツィーリアが遠巻きに誤解を解いてくれたおかげで事なきを得た。

 持つべきものは友達よね。


 今日、私たちは男女合同で剣術の訓練をしていた。


 武芸センスゼロの私にとって退屈な時間である事実は語るまでもない。

 見学も許可されていた。


 なので、私を含む多くのかよわい女子生徒は、戦うみなさんの勇姿を見物している。


 しかし、貴族の坊ちゃん連中の腕前はいささか微妙だ。

 動きがノロく思われる。


「なんていうか、贔屓にしてあげたくならないのよねえ」


 私がぼやくと、付き添うヴォルフが「騎士階級といっても、いろいろあるから」と、誰彼の体裁をフォローする。


 そんなことはわかっている。

 私が問うのは戦う姿勢の問題だ。


 どいつもこいつも人目を気にしているのだ。

 女子生徒の声援にこたえて戦う最中によそ見をしたり、手抜きをしたりするのだ。


 八百長じみてバカバカしい。


「訓練っていうか、暇を持て余した連中のお遊びよね……まあ、学校らしいけど」


 私はすっかり冷めた気分で八百長試合を見物していた。

 教官の騎士に怠慢を注意された坊ちゃん連中は、口々に愚痴をつぶやき、嫌そうな顔をしている。


「ふーむ、しかし今年の学級はいささか程度が低いようですな。ツェツィーリアお嬢さまも、好敵手に恵まれず、退屈しておられる」


「俺もそう思う。いろいろあるとは言っても、さすがに遊びがすぎるよね」


 脇で見ていたゴットフリートとヴォルフが、それぞれ呆れ気味に感想をつぶやく。


「ははは、お遊びでいいなら、私でも活躍できるかもね。参加してみようかなあ」


 かくいう私も、アルフォンスから剣術の手ほどきを受けている。

 センスが無いなりに努力はしているのだ。

 姫気分で男子生徒に接待してもらうのも、それはそれで楽しそうだ。

 

 退屈な時間は、1日を通して続いた。

 教官に叱られながらも、みなさんさっぱりやる気を出そうとせず、なのに花形の男子生徒に対する声援だけはよく聞こえる。

 青春だ。


 しかしながら、何事も口は災いのもとだった。


「よーし、私も交ぜてもらおうっと。下手くそに交じって練習するのは気楽だし」


 私が喜び勇んで腰を上げると、隣で聞いていた女子生徒が嫌そうな顔をした。


 ……そこで、なんと、名も知らぬ少女が立ち上がる。


 少女は私に詰め寄り突き飛ばした。

 虚を突かれた私は大勢の前で恥ずかしく転倒する。


「さっきから聞いていれば、上から目線で偉そうに……あなた、無礼千万だわ。淑女たる者が、騎士の武勇を侮辱するなんて。あなた何様のつもり?」


 名も知らぬ少女は、おそらく、学友を卑下する私の物言いが気に障ったのだと思う。

 彼女はキツい眼差しで、転んだ私を見下した。


「魔女エレミアさん、そこまで言うなら、あなたが勝負してみなさいよ」


「へ? い、いや、それは……」


 私は雲行きの怪しさを察して、慌てて口をはさんだ。しかし、遅い。


「誰か! 魔女を懲らしめる役者を、ここに!」


 名も知らぬ少女は、私の口答えを許さず、甲高い声を張り上げた。


「へえ、噂の魔女殿が、俺たちにお手本を見せてくれるらしいぜ」


「でも、レーゲンと揉めるのは、嫌だなあ。どうするよ?」


 無責任な男子生徒たちが愉快そうに笑った。

 茶番劇未満の提案を真に受ける者は少ない。


「よーし、なら、僕がやろう! 八大貴族の相手には、やはり八大貴族がふさわしい。ベデックト家のクリストフが、レーゲンの魔女殿に騎士の流儀をお伝えしようじゃないか!」


 青年クリストフが、軽いノリで名乗りを上げると、周りがおもしろくはやし立てた。

 名も知らぬ少女がニヤニヤして私を見たが、私はめんどくさいので無視した。


「エレミア様、どうするの?」


 ヴォルフが心配そうに私を見ている。

 人前での赤っ恥を、案じているのだろう。


「……大丈夫よ。身から出た錆だし、この場は受けて立つわ。ええ、受けて立つわよ」


 私は観衆に向き直り、「では放課後に改めて、お相手を願いますわ」と答えた。


 部外者の誰も彼もが、他人事で笑って、喜んでいた。


 ◆◆◆


 そして放課後。訓練場には大勢のギャラリーが集まっていた。

 生徒だけではなく、彼らの世話役や教師たちも、物見遊山にやってきたようだ。


「魔女殿はまだか? まさか僕を恐れて、逃げ出したのではあるまい?」


 輪の中心で、クリストフが威風堂々と語った。

 衆目を煽るパフォーマンスである。


「クリストフ様! 傲慢なレーゲンの魔女に、騎士の正義を見せてやってくださいな!」


 名も知らぬ少女――聞くに、彼女はシャルロッテというらしい――が声援を伝えると、私の赤っ恥を望む連中が、大いに盛り上がった。


 忘れがちだが、エレミアは嫌われ者だ。噂話の誤解は解けても、もともと初等部由来の人間関係で、爪はじき者のエレミアを快く思わない者が少なからずいたのだ。


 昔の話なんて忘れてくれてもいいのに、貴族のみなさんは記憶力豊からしい。


 ……しかし、これはエレミアの過去評を覆す好機でもある。


 一部の連中は盛り上がっているが、まっとうな生徒たちは比較的冷めた表情をしていた。

 彼らは今、中立の立場で、学友としてエレミアの評価を値踏みしているのだ。


「お待たせしました。クリストフ・フォン・ベデックト様」


 私は満面の笑みを浮かべ、白馬に乗って戦いの舞台に入場した。

 馬上の私に対して、観衆が水を打ったように静まり返ったが、予定調和だ。


 私は心の中でニヤニヤと笑った。


 クリストフも、まさか勝負の相手が馬に乗ってあらわれると思っていなかったようで、「え? なんで?」みたいな間抜けな顔をして、私を見ていた。


 彼らの目的としては、お遊び半分の対決で私に恥をかかせたいだけに違いない。

 子どもの嫌がらせくらいの話だ。


 私を晒し物にしようとしたシャルロッテにしろ、売名気分で舞台に上がったクリストフにしろ、内実は同じだ。

 いじりとか、軽いいじめのノリである。


 まあ、学生特有のそういう気分は理解できるし、個人的には「バカに付き合う義理はない」と思うので、この手の輩には無視対応を推奨したい。


『個人的には』、ね。


 今の私は、個人でなくレーゲン家を背負う次期当主だった。

 身から出た錆だとしても、こんなくだらない理由で、私に付き従う者を不名誉な気分にさせるわけにはいかない。


「では、いざ尋常に、勝負をお願いします」


 武器を持たない私が、掲げた右手を振り下ろすと、親衛隊のみんなが前に出た。


「てめえか、うちの大将に用があるってのは」ぞろぞろ。


「へっへっへ、命知らずってのはいいねえ」ぞろぞろぞろぞろ。


「貴族様を殴れるなんて、ついてるぜ!」ぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。


「はあ……エレミア様も、お戯れが過ぎるって……」ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。


 口々に獰猛な笑いを浮かべて登場する、親衛隊10名。観衆の誰もが唖然としていた。


 私が「整列」と指示を下すと、訓練用の槍を構えた親衛隊が一糸乱れず横並びになった。


 その圧力に屈してクリストフが一歩を退いたところで、トドメにプレートメイルの重騎士がひとり、素顔を隠して私の前に立った。


「なななななななななな、エレミア嬢!? これは一体どういうことだ!?」


「騎士の誇りをかけた勝負とお聞きしました。不肖、私も全力をもってお相手しますわ」


 クリストフは蒼い顔をしている。

 1対12で勝てるはずがない。そりゃそうだ。


「よーし、私、クリストフ様の胸をお借りしますわ! いざ尋常に勝負ですわ!」


「ひ、卑怯な!? エレミア嬢、あなたには貴族の誇りが無いのか!?」


 ねーよ、そんなもん。私がペッと唾を吐き捨てると、観衆からはブーイングと、おもしろ半分の歓声が同時に上がった。

 私の卑怯を極めた対応を認めるか否か、まさに世論は真っ二つである。


 くだらない騒ぎにふさわしい、適切な対応だろう。

 もちろん、クリストフには助けを呼んで数の不利を補う選択肢もあったが、非力な淑女を前にして、騎士が誰彼に手助けを求めたとあれば、それこそ赤っ恥だろう。

 男の子のプライドは大切なのだ。


 その時、騒ぐ群衆をかきわけて、戦いの舞台に初老の男性があらわれた。


「そこまでッ! まさに戦場にて鍛えた者じゃ。おぬしらは戦場で敵の数が多いと文句をいうのかね? エレミア嬢の……いや、レーゲンの魔女の勝ちじゃッ!」


「「「「「が、学園長!?」」」」」


 唐突に登場した学園長の、唐突な勝利宣言を聞き届けて、私は馬の向きを変えた。

 戦わずして勝つ……相手が可哀想な気もするけど、勝ちは勝ちである。

 我ながらセコイ。


 露骨な八百長ヤラセだが、この茶番劇の裏には私の地味な努力があった。


 まず、放課後までの間に、私はレーヴェ王子に掛け合い学園長を味方につけたのだ。

 根回しね。


『かくかくしかじかで困っています。私を助けてください! 王子もそう言っています!』と、レーヴェ王子を通して学園長に直談判したのである。

 なんというべきか、権力というのは、まさにこういう状況でこそ役立つもので、学園長という権威の駒は、私にとって思惑通りの効果をあげてくれる。

 レーヴェ王子に頼んでもツェツィーリアに頼んでも、先ほどの八百長勝利宣言をさせるのは無理があったと思う。


 人望と立場と年相応の風格に加えて、学園長はなかなかに話のわかる好々爺だった。


 学園長としても、王家に属するレーヴェ王子と、レーゲン家に属するエレミアのふたりに恩を売れる機会を悪くなく考えてくれたのかな?


 とはいえ、彼は責任ある教育者だ。

 私個人に肩入れしたのではなくて、心根たるんだ生徒たちに喝を入れたのだろうと思う。


 今回の一件で『何事も自分たちの好き勝手にはならない』と、生徒たちも悟ったようだ。

 後日、学問と武芸に臨む生徒たちの態度は、少なからず前向きになった。

 

 中でも特筆すべきなのは、私に敵対したクリストフとシャーロット……赤っ恥をかいた彼らだが、昨日の敵は今日の友の精神で、ふたりは私と仲良くなった。


 クリストフは『くもりの貴族』ベデックト家の跡継ぎであり、シャーロットは彼の幼馴染である。


 今回の騒ぎ自体が、そもそもふたりが共同で仕組んだヤラセだったらしい。

 私を陥れようとしただけはあって、人付き合いでは油断ならない側面もある。

 ほどよい友情を築きたいところね。


 私に対する周囲の評価も、いい感じに見直される。

 その点においても、今回の茶番劇は私にとって悪くない結果をおさめた。


 しかし、魔女の二つ名が暗黙の了解になってしまったのは問題だ。

 人聞きの悪すぎる噂話はともかく、道行く学友に「魔女殿」と呼ばれるのは、さすがに悩みの種である


 ……聖女がいいなあ、聖女エレミア様。こっちの方がよくない? 無理か。


 こればかりは学園長に直談判しても解決できず、私は世の不条理を憂えるのであった。

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