第51話 恋人作戦

「た、鷹宮君、少しいいかしら?」

「あ、ああ……」


不器用さ満点の六倉が鷹宮の教室に来て彼を呼びかける。


「そ、そのお弁当作ってきたのだけどい、イッショにどうかしら…」

「ああ…」


今にも破裂するんじゃないかって顔を赤くして俯ぎながら俺に弁当を押し付けてくる六倉。俺が返事をすると、恥ずかしのあまり俺の手を無理矢理取って教室を出た。

なおそれを見ていた鷹宮の教室の生徒たちはあまりの光景に固まっていたがすぐに様々な噂が教室中に飛び交う。


「おいおい見たかよさっきの!」

「ああ、間違いねえ!」


「ねえ見たあれ!」

「見た見た!まさか六倉さんと鷹宮君が!」


「お~の~れ~鷹宮ーーー!!!」

「許しマジ!許しマジ!」

「バクハツしろ!バクハツしろ!」

「死んでしまえ!死んでしまえ!」

「なんで俺じゃなくてお前なんだよーーー!!」


………これは予期していたものとは少し違うかもしれないが二人の目的は概ね達成できたとしてよいだろう。しかしそのことを二人が知るのはもう少し後のことだった。

その頃、当の本人たちは人が多く集まる食堂で二人対面で座っていた。

六倉が意を決して弁当箱の包を解いて弁当の蓋を開ける。

弁当の中身は特に特徴的な物ない普通の弁当。


「美味そうだな」

「え、ええ、これぐらいできて普通です」


気恥ずかしそうにそう言う六倉。彼女はそのままつまようじで卵焼きを刺して俺に向けてきた。


「は、はい、あ~ん」


不慣れさが前面に出ているあ~んだが、逆にそれが男心をくすぐるのは男として生まれてきた弊害であろう。

そんなことを考えていると六倉がこっちを見て顔を真っ赤にして早く食べなさいと訴えてくる。

俺は口を無意識に大きく開け卵焼きを食べる。

噛みしめるたびに口の中に広がる卵の旨味と甘み。


「美味いな」


それを聞いて六倉は顔をより赤らめる。

いつも生真面目で堅物な美少女が恋愛で頬を赤らめる。なるほどこれは需要があるわけだ。

だけどそれは他人事だから需要が満たされるんだぞ?

鷹宮の周りにいる男子生徒の大半、特に彼女のいない男どもの嫉妬の視線が荊の棘の様に刺さる。

このままじゃ俺、身体中棘で穴だらけになって死ぬんじゃないかと思ってしまう。

開はお返しとばかりにタコさんウィンナーを爪楊枝で刺して六倉の唇に向ける。


「な、なによ……」

「お返し」

「え…」


何も言わずにタコさんウィンナーを向けられて何事かと思ったら鷹宮にそんなことを言われて何度目かの顔を真っ赤にする。


「見せつけるんだろ?だったら、な?」

「う、う~~」


六倉はハムッと凄い速さでタコさんウィンナーを咥えて終わらせる。

俺を見て、早く食べなさいと訴えてくる。

開はそれに従って弁当を急いで食べる。


「やあ開、六倉さん」


東が一人学食を持ってやってきた。


「隣いいかな?」


笑顔でそう言う東。

開は六倉を見て確認を取る。六倉は小さく頷く。


「おう」

「悪いね」


東は少し遠慮気味に俺の隣に座る。


「それにしても急にどうしたんだよ開。急に六倉さんと昼食なんて。校内では二人が付き合ってるんじゃないかってもう噂になってるよ。そこのところどうなの?」

「見ての通りだ」

「へぇ~開と六倉さんが」


東は少し驚きの表情を浮かべたがどこか納得した様子だった。


「六倉さん。開を今後ともよろしくね」

「え、ええこちらこそ鷹宮君にはお世話になっているわ」


急に東から開を頼まれて苦笑いで誤魔化しながら六倉は答える。


「おい、お前は俺の母さんかなんか?」

「別にそんなんじゃないよ。僕は君の友達として言っているだけだよ」

「それが余計なんだよ。六倉そろそろ行くぞ」

「・・・そうね」


開は空っぽになった弁当を持って六倉と一緒に食堂を出た。

そのまま俺と六倉は生徒会室に向かった。


「お疲れさま。首尾は順調のようね」


生徒会室に入ると生徒会の面々は全員揃っていた。


「これは予想以上の広まりようですね」

「いいんじゃねっすか?今じゃ六倉と鷹宮の恋愛話で持ちきりだ。今後男どもの動向には注意しろよ鷹宮」


長谷都先輩がニヤニヤと笑いながら肩を組んでくる。


「六倉さんお疲れさまでした」

「ありがとう玲さん」


六倉は西園先輩が対応してくれている。

さて、なぜ俺が六倉と付き合っているをしているかと言うとそれは昨日の早朝に遡る。

俺が三秋の噂を聞きつけて物証を回収しようとして生徒会(一条先輩)に捕まった後の事。


「では鷹宮君、楓さん、お付き合いしなさい」

「「・・・・・・えっ?」」


なんとも馬鹿げた作戦に開と六倉は一瞬頭が真っ白になり思わず「えっ?」とこぼしてしまった。


「か、会長、それ流石に……」

「そうだぜ会長。流石にそれはこいつらの負担が重すぎんだろ?」

「も、もっといい方法はないんですか……?ひぃぃ!すみませんすみません!出しゃばってすみません!!」


井之頭先輩、長谷都先輩、西園先輩は一条先輩の提案に少なからず感触の悪い意見を述べる。だがもう一人の生徒会役員はそうではなかった。


「私は会長の案に賛成です」


入山は3年生の先輩たちとは違い。一条先輩の提案に賛成した。


「六倉さんは一条先輩と同じ我が校の七姫と呼ばれる有名人です。鷹宮もその七姫を支える世話役として会長たちには劣りますが有名です。お二人がお付き合いしているとなるとそれは学園中にインパクトを与えることになります。また六倉はどうも身持ちが堅い印象が生徒たちの間にあるようなのでより強いインパクトを与えることができるでしょう」

「よく理解していますね入山さん」

「いえいえ、生徒会役員として当然です」

「入山さんの説明の通りですがみなさんはどうですか?」



一条先輩が俺を含めた生徒会メンバーに問う。

全員が難色を示す。特に開は協力すると言った手前断り辛いがそれでもまさかの六倉と付き合えとは誰が想像出来る?


「分かりました。全力を尽くします」

「はぁ!?」


六倉が立ち上がり一条先輩の提案を受け入れた。

予想外の六倉の意見に他生徒会メンバーも驚いている。

だがこの案の提案者である一条先輩と最初から賛成していた入山は細く笑みを浮かべる。


「鷹宮君、楓さんは賛成してくれたのだけどあなたはどうかしら?」

「あ、お、俺ですか?」

「ええそうよ。まさか私たちのお世話役である貴方が楓さんの決意を無駄にするような真似はしないとは思うけど。それに貴方は最初言ったわよね?出来る限りのことはすると。聞くのも無粋だとは思うのだけど一応聞かせてもらうわ。やるわよね?」


(それもうやろと言っているようなものじゃないか)


3年生メンバーと俺は心の中まったく同じことを思った。


「分かりました。六倉がやると言ったのなら俺に拒否権はありませんから」



こうして本当にこれで良かったのかと疑問の残る俺と六倉の恋人作戦が始まったのだ。


「ひとまずこれで当分お二人の噂で今回の件はうやむやにはできるでしょう」

「しかしそれも時間稼ぎにしか過ぎません。なんども同じ行為は繰り返されれば否応にも噂は上書きされます」

「入山さんの言う通りお二人の噂が学園を席巻している間に事件を解決させなくてはいけません。そこでお二人が頑張っていた間に私の方で少々調査をいたしました。そこで多少ですが情報が手に入りました」


一条先輩が小さな黄色封筒を取り出す。


「しかし私が思考した結果。この事件を解決するためにはなるべく少人数での行動が望ましいと判断しました」

「つまり今ここにいるメンバーのみでということですね」

「大地君違います」


大地が一条の話を聞いて解釈したことを一条は否定する。


「この作戦は私と鷹宮君の二人のみで行うことにします」

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