第16話 闇奴隷

 白く大きな石で出来た柱が何本も見える。そして、壁の所々に悪魔であろう彫刻が施されている大きな平屋の建物を確認することが出来た。俺達は、目的の神殿に辿たどり着いたんだな……。リンだけは、ナンギーナ村の女性達を村まで送って行く事になり、別行動になっていた。


「遂に此処まで来たな」


 ラピーチが感慨かんがい深げに言った。俺も同じ気持ちだ。なんだか何十年も掛かった気持ちがしているんだけど。

 俺達は、神殿の入り口に向かって歩んで行く。何か、神殿の中がざわめいている気がした。


「きゃー! 助けてー!」


さらわれてた人がいたのか?」


 女性の叫び声が聞こえると、俺は思わず呟いた。一瞬にして身体に緊張が走る。皆も同じだろうと、その場の空気感で分かる。


 様子を見ていると、神殿の入り口から女性が叫びながら駆け出して来た。女性は、紫色のドレスを着ていて、緑色の髪をした美しい女性だった。けれども、着ているドレスが所々引き裂かれている。それを見ると追って来る敵がいるだろう。警戒しなければと戦闘態勢になる。


 すると案の定、女性を追いかけるように、円形のシールドとノーマルソードを持った骸骨兵士達が姿を現した。所謂いわゆるスケルトンが五体だ。


「皆、気を付けろ!」


 ラピーチが叫び、背中からグレートソードを取ると、両手で構えた。俺やその他の者もそれぞれの剣を抜いて戦闘態勢に入る。

 スケルトンは、ラピーチに襲い掛かったが、難なくかわし、逆に剣をお見舞いした。スケルトンは、吹き飛び神殿の壁に激突してバラバラに崩れた。


「うおりゃ! そりゃあ! でぇい! 最後だ、えいっ!」


 次々にスケルトンに剣を叩き込んだラピーチ。スケルトンは、首や胴体をぶった斬られて、地面に転がった。そして、細かな粉になり風に吹かれて消えた。


「どうやら、私達の出番は、なかったようね。おじさん」


「そうだな……。おじさんって言うな!」


 リーエルにおじさんと呼ばれて俺は、怒鳴った。エルフの彼女に言われると変な気分だ。ロゼルーナの『おじ様』と呼ぶ行為なら許せる感じがするけど。それなら俺の中のイメージが良い……。まぁ、どうであれ不憫ふびんに思われて、しんみりされるより気が楽かなぁ。以後、怒るのをやめよう。


 ラピーチを見ると、ドレスの女性が彼に駆け寄って行くようだ。


「まぁ、お強いのね。私好わたしごのみだわ。ご褒美ほうびをあげるわね」


 そうしゃべりかけた女性は、ラピーチに顔を近づけた。ご褒美のキスでもするのか? だとしたら美姫に怒られるぞ。ラピーチを心配になる。痴話喧嘩ちわげんかを見せられるのは勘弁してほしいなぁ。


「フーッ」


 女性は、ラピーチの顔に黒い気体を吹きかけた。彼の口に気体は、あっという間に入っていった。何だ今のは? 安易にご褒美のキスなどと考えていた俺は、予想を裏切られた展開に混乱する。


「うわぁーっ!」


「きゃあ! ラピーチ!」


 膝をつきうつむいて、叫び苦しむラピーチ。それを見て悲鳴を上げる美姫。俺達は、一瞬の出来事に何も出来ずにいた。


「ほほほほほ。これで、この男は私の奴隷どれいよ。このニョロネー様のね」


 そう勝ち誇って言うニョロネーと名乗った女の顔と身体全体が緑色のうろこに変わっていく――ギョッと思ったその瞬間に女のドレスは破れていた。身体は見る見るうちに蛇化していく……。最後には、顔だけ女性で、それ以外は蛇の体の化け物に変化していたのだ。


「蛇よ、蛇女だわ!」


 リーエルは、叫んで、少し後ろに下がった。ラピーチが急に苦しまなくなった。そして立ち上がり顔をあげると、眼全体が真紅になっていた。この感じは、見たことが有るぞ。あの時の!


「大臣を狂わせたのは、お前か!」


 俺は、いきどおりを隠せずに、蛇女をにらみながら叫ぶ。蛇女は、ニヤリとしたかに見えた。


「おほほほ。そんな奴もいたわね。忘れていたわ。そんな者は使い捨てよ。それよりも、ラピーチと呼ばれていたわね。我が下部しもべのラピーチよ、そいつらを始末なさい!」


 人間を道具としか思ってないような口振りだ。許せない女だ。そんな者の下部にラピーチがなったと言うのか?

 蛇女が命令通りに、ラピーチが俺に斬りかかって来た。俺は、間一髪で避けた。


「ラピーチ、俺だ! 蓮輔だ! 判らないのか?」


 と、俺は、言ったけど。親でも今の俺を判らんかも? とか思ってしまった。そんな余裕をかましてると危ないな。ラピーチは、まだ酔っ払いのような動きだったから良かったものの。


「蓮輔、美姫、ロゼルーナ! こっちに来て! 防御魔法を張るわ」


 リーエルが叫んで俺達を呼んだ。俺は、直ぐに彼女の所へ駆け寄った。ロゼルーナも来た。美姫はまだか? 美姫は、ラピーチを見詰めて立っていた。危険だ。無謀すぎる。


「美姫、どうしたの? 早く来て!」


 リーエルがかすが、美姫は動かない。ラピーチが美姫に気づいて寄りだした。最悪の光景を想像してしまう俺は、絶望感しかない。今から美姫へと俺が駆け寄ったところで、俺共々無事に助かる事は無理と考える。かと言って、ラピーチを攻撃することも出来ないからな。


「ほほほ。馬鹿な小娘ね。まず、その小娘から殺しなさい」


 蛇女が非情な命令を下した。ラピーチは、美姫の前で剣を構えた。


「ラピーチ、私よ。美姫よ。そんなラピーチはいやだよ。優しいラピーチに戻ってよ。馬車で旅行に行くって言ったじゃない」


 美姫は、ラピーチを正気に戻そうとしているのだろう気持ちが俺にも伝わって来る。美姫は、その行為をし続けた。やがて、美姫の瞳から涙がこぼれた。

 それを見たであろうラピーチは、うめいて剣を地面に落としていた。膝が崩れて、両膝ついてしゃがんだ状態になった。


「愛してるわ。ラピーチ」


 美姫は、そう告げると、ラピーチと口づけを交わした……すると、ラピーチの身体から黒い気体が蒸発したように見えた。これはもしかして、美姫の愛の力が闇に勝ったからなのだろうか? そうさ、きっとそうに違いない!


「み……き。美姫!」


 唇を離したラピーチは、美姫の名を呼び抱きしめた。良かった。俺は安堵あんどした。


「ば、馬鹿な! 私の秘術の闇奴隷やみどれいから抜けるとは! だが、これなら近寄れまい!フーフーッ!」


 蛇女は、一旦動揺どうようしたが、直ぐに強気な言葉と共に黒い煙を自分の周りに吐いた。考えられた防御であるな。

 どう攻撃するか、飛び道具かと思案していたのだが、ロゼルーナが突然にさやからバスタードソードを抜く。その後は、迷いが無いと思わせる行動の早さだった。ロゼルーナは、猛スピードで黒い気体の中に入り突っ切ると、蛇女に近寄った。


「何! 闇耐性やみたいせいだと!? お前は何者だ!」


「……」


 蛇女の焦ったような叫ぶ声が聞こえてきた。ロゼルーナは、無言で剣を両手で持つと、思いっきり振り下ろす。


「闇に属する者がいたとは! その力が命取りよ! ギャァァァァァァァァ!」


 負け惜しみのような言葉のあと、断末魔だんまつまの叫びを上げた蛇女。

 ロゼルーナによって、頭からあご迄を真っ二つにされて、血が噴き出していた。普通に即死だったようだ。

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